第一章4 『七日目、少女は決意する』
アルダが滞在すること七日目――。
明日の朝にはアルダがこの村を発つ。次に目指すのは彼の故郷だと、ルシェは先日聞いていた。
羊の毛を刈っている最中、ふと外の世界を考え、雲の向こうを見つめてみる。
アルダから聞いた話は、現実味が全くなかった。
ルシェは自分の知っている世界がいかに狭すぎたのか、ようやく気付かされるが、彼の出発は目前に迫っている。
つまりそれは、もう二度と旅の話を聞いて談笑することも出来ないという意味。
それは、なんだか淋しかった。
淋しかったし、つまらなかった。
また違う旅人が来れば話を聞けるかもしれない。
しかし、果たしてその人に話しかけることができるかと問われてしまえば、ルシェは間断なく無理と答えるだろう。
例え、その人物が困り果てていようと彼女には助けられない。そう思っていた。
だが、彼の場合はそうではなかった。
見た目だけで物事を判断してはいけない。と叔父さんに言い聞かされてきたが、彼だけは、その姿を見た瞬間に大丈夫だと感じた。
だから自然と、足も口も動いていた。
むしろ話しかけてみたかった。そんな衝動に駆られたのはルシェにとって初めての事だった。
「明日……明日かぁ」
呟きながら思い返し、寂寥感を募らせてしまう。
「アルダさん、もうここへ来ることはないんだろうなぁ」
こんな辺境の集落に顔を見せに来るとは考え難い。
「なんか、モヤモヤするよ……」
どうしようもない思いが頭の中に渦巻いていて、仕事に集中できず、今日はこの辺りで切り上げることにした。
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ルシェが家に戻ると、アルダが出迎えてくれる。
「作業お疲れ」
「あ、はい」
こんなやり取りも明日で終わる。それはやっぱりイヤだ。
そんな時、ルシェは一つの案を思いついた。
「あの、アルダさん」
「ん?」
剣の手入れをしているアルダは、その手を止めてこちらに顔を向けた。
喉まで出かかっているのに、言い出せない。
でも、聞くだけ聞きたい。
そんな両極端の逡巡の末、ルシェは深呼吸した後に訊ねてみる。
「あの、その……」
「うん」
「私を、アルダさんの旅に、同行させてもらえませんか?」
「え……」
アルダは瞬きを繰り返していた。
その反応を見ても、驚いているのは明らかだ。
「それは、どういう――」
「私、ええと……」
ここで想いを伝えないと一生後悔することになる。
そんな気がしたルシェは、震える唇を何とか動かし、すべての想いを明かした。
たとえ断られてもいい。
それでも、ここで退くよりはマシだった。
「実は、父と母を幼少時に亡くしているそうです」
「……!」
「母は、私を生んで亡くなり、父は工業の団体に所属していて、仕事も危険だったらしく、その作業中に事故で亡くなったとか」
「『いるそうです』って……」
「はい。私が本当に小さい頃の出来事だったらしく、気が付いたころには親戚を転々とし、七歳の時に父方の兄夫婦に引き取られました。それからはこの村でずっと暮らしています。本当にお世話になっています。でも、これ以上迷惑をかけたくないんです」
「……そんな風には思っていないと思うぞ? あの二人は、キミを随分と可愛がっているじゃないか」
「でも……それでも、二人には二人の生活があって、それは、私が邪魔していいものじゃないです」
「……」
アルダは肯定も否定もしなかった。
ただ静かにルシェの話に耳を傾けてくれる。
「それに、私はもっと知りたいんです」
「……?」
「もっと、世界のことを知りたい。見て回りたい。……こんな同行理由じゃ、駄目ですか?」
アルダはすぐに答えることをしなかった。
数十秒の間を置き、口を開く。
「俺の目的を知ったうえで、ついてきたいのか?」
「はいっ!」
「言っておくが、この村で暮らしている方が裕福で、苦しくないぞ? それでもか?」
「私、頑張ります!」
「……わかった。旅の同行は認めよう。でも一応聞いておく」
「?」
「俺達みたいな旅人は、野盗や猛獣に襲われることもある。それを覚悟の上なんだな?」
「もちろんです! 私、拙いですけど、魔法はそれなりに修得していますので!」
「……!」
ルシェはこれくらい使えた方がいいということで、幼少の頃より叔父や叔母に魔法を教わっていた。
「頼りないですけど、私……」
「――そうか。じゃあ、これからもよろしくと言いたいんだが、叔父さんや叔母さんには話してあるのか?」
「あ……」
「二人に黙って出て行くわけにもいかないだろう。帰ってから旅の荷物をまとめておくんだぞ、ルシェ」
「……! はい!」
この時初めて名前で呼ばれたことを、ルシェは一生忘れない。