第一章3 『羊飼いは知りたがり』
「アルダさんは、旅に出て長いんですか?」
丁度五日目――。
初日から比べると、彼と彼女の間に隔たりは感じられず、もうすっかり互いが話し相手となっていた。
初日はアルダから話しかけても距離を置かれていたが、今では大地に並んで座り、風を感じながら談笑に耽るまで進展している。
「二年だよ。今年で三年目。この大陸に渡ってきたのは何ヵ月も前になる」
「へぇ~。世界って広いんですね」
「広いよ。二年かけても見て回れない。隅々歩くなら、十年あっても足りないかもな」
「そ、そんなに……」
五日間、ルシェは旅のことを訊ねてきた。それも随分と熱心に。
この村に住み慣れていて、外の世界に興味を抱いているのかもしれない。そう感じたアルダは一つ提案してみる。
「そうだ。地図があるから、見るか?」
「はい!」
地図は家にあるから戻ろうと提案し、二人は家に戻ることにした。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
住み込ませてもらっている部屋に行き、アルダは放り投げられた黒色の暑苦しいコートを拾い上げ、その内ポケットから折り畳んである地図を取り出すと床一面に広げた。
「この村って、どこですか?」
「ここだよ」
「え? でも、何も……」
指し示すがそこには何もなく、ただ草原地帯が広がっているだけ。
「こういう世界地図に小さな村は載らないんだ。知らなかったのか?」
「……恥ずかしながら、知りませんでした」
「そうか……。それなら、今日憶えたことになるな」
彼女は学業に専念できず、家の手伝いをしていたのだから仕方がない。
しかし、そんな思いとともに、この世界の不平等にアルダは眉を寄せた。
たとえ小さな村にでも、学校を設置すべきだ。
そんな思いが込み上げ、自分にはどうすることも出来ない無力さを思い出し、思考をやめる。考えても、アルダに実行する力はないのだから。
「アルダさんは、どの辺りから旅を始めたんですか?」
「ここだよ。ここの大陸からだと、定期船を乗り継がなくても行けるだろうな」
「うわぁ……こんなに離れているんですねぇ」
その姿はまるで子供のようだった。
しかし、こう見えても彼女には芯が通ってることをアルダは知っている。というより、この何日間かで知った。
人見知りという性格ながら、見知らぬ旅人を助けようとしたのが良い例だ。
普通なら見過ごす。当り前のように見過ごすだろう。
アルダもそうかもしれない。
しかし、恐れずに声をかけた彼女の勇気には、ある種の強さを垣間見た気がしていた。
「……アルダさん?」
「あ、ああ。それで――」
こうして旅の話をしている時、アルダは自分のこの二年を振り返っていた。
無駄だったとは思いたくないが、決して必要だった二年間ではない。
ただ歩いて、ただ食べて、ただ眠った。
途中、何人かの人と知り合って親しくなったが、何の功績を残すこともない。
ある目的を達するべく旅を続ける意味を、自問自答したくなる気分だった。
「アルダさん、次はどこを目指すんですか?」
「そうだなぁ」
だからこそ、なのかもしれない。
アルダの口から次の言葉が出たのは、自問自答の機会をつくるためだったのだろう。
「一度、故郷に帰ってみるよ」
「故郷、ですか」
彼女はきっと意図を読み取ってはいない。
しかし、何か察するところはあったのか、次の問いを投げかけてくるまでの独白が長かった。
「あの、聞いていいのかわからないんですけど……」
「なんだ?」
「どうして、旅をしてるんですか?」