第一章33 『新たな一歩目』
「アルダさんっ! ど、どうしよう……っ!」
ルシェはアルダが倒れた脇に屈み込んでいたが、どうしていいかわからずオタオタする。
しかしアルダの意識はまだはっきりとしているようで、ルシェの瞳から溢れてくる涙を指で掬いとった。
「大、丈夫だ。死ぬほどの傷じゃない。……手加減してくれたみたいだからな」
「でも、このままじゃ……」
「魔法がある。ルシェは使えるだろ? それを頼む……」
「……! す、すっかり忘れていました。ひぐっ」
「痛ッ! はぁ、はぁ……そうだと、思ったよ」
アルダは痛みと戦いながらこちらを見てくる。
ルシェはすぐに魔法に取り掛かった。
ルシェが叔父に学んだのは光属性の魔法。その中でも取り分け強力な「治療魔法」だ。
治療魔法は医者や騎士しか身に着けることがない。理由は、構造が難しく鍛錬に期間を要する点にある。
しかしルシェはそんな治療魔法を使える。
以前アルダに話していたから、彼はこの瞬間にそれを思い出したのだろう。
つくづく、ルシェは自分の無力さを痛感した。
「いきます……! 縫合せよ、光の糸」
手袋を脱ぎ、赤くかじかんだ手を傷口に対して浮かせるように掲げた。
詠唱を終えると両手が青色の光に包まれて、そこから流れる光が糸と成り、徐々にアルダの傷を縫って塞いでいく。
その度にアルダが痛そうな声を上げたが、徐々に傷口が消えていく。
額に汗が滲んでいるのがわかった。
それでもここでやめるわけにはいかない。
これは、ルシェにできる唯一の特技だ。
そうして魔法治療を始めて十分後、ルシェはようやく魔法を解除した。
「はぁ……はぁ……」
手が真っ赤にかじかんでいて、震えている。
ここまで緊張したのは初めてだった。
「終了です……」
アルダは驚いた表情で身体をさすりながら起き上がる。
「……! すごいな、本当に治った。ありがとう」
「~~~~アルダさん!」
彼の勘者の言葉に疲れも吹っ飛び、ルシェは嬉しさの余り、勢いで抱き付いた。
「る、ルシェ……痛い」
「~~~~! ご、ごめんなさい~~!」
顔を真っ赤にしてルシェは離れる。
すると途端に涙がこぼれてきた。
「でもよかったぁ……。成功、しました」
「ありがとう。ルシェのおかげだ。俺一人だったら危なかった」
「アルダさん……あ、しばらく安静にしてないと」
「そうだな。とりあえず、ほれ」
「え……」
アルダは落ちていた手袋を拾い上げ、ルシェに手渡してきた。
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言ったのは、こっちなんだけどな」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
それからしばらく、同じ場所に留まっていた。
回復の為でもあるが、アルダのことも考えて、ルシェは安静にすることを提案した。
しかし、こうして雪の大地の真ん中で座っていられるのも、本日の晴天が幸いしてのことだ。
防寒具越しなら寒さは微塵も感じられない。
だからといって、いつまでもこのままここにいるわけにはいかない。
ルシェは、意を決してアルダに声をかけることにする。
「あの、アルダさん。どうしましょう?」
「……旅の目的を変える」
「え……?」
ルシェが予想していたのは旅の中断だったが、そうではなかった。
「どうするんですか?」
「俺は、あいつを止めるための手段を見つけようと思うんだ」
「……それって?」
「あいつのやり方は間違っているが、意見は正しいと思った。もしも別の方法があるのなら、あいつも少しは考えるはずだ。血を流さない方法だって、探せばきっとある」
「アルダさん……」
「まあ少し面食らったけど、あいつが生きていてくれただけで、兄としては嬉しいから。今度は、あいつの間違いを止めてやらないといけない」
アルダの言葉に、ルシェの胸は熱くなる。
彼の言葉に呼応して血流が沸騰する感覚だった。
だからこそ、この言葉なのかもしれない。
「アルダさん、私も……!」
「?」
ルシェは彼の言葉を聞いて、力になりたいと真剣に感じた。
だからその想いを伝える。
「私も協力します! いえ、させてください!」
断られてもいい。それでも言いたかった。邪魔にならないのなら、どこまでもついていきたかった。このまま旅を続けたかった。
「ルシェ……ああ、これからもよろしくな」
「……! はいっ!」
ルシェはアルダの口からその言葉を聞けて嬉しかった。
そんなルシェにアルダは微笑んできた。
辛いはずなのに、彼は既に弟の事情を受け止め、その上で前へと進もうとしている。
この時ルシェにはわかった。
アルダがようやく本当の旅の理由が見出せたのだと。
ずっと悩んでいたことも知っていたし、そのことはルシェにとっても嬉しい。
「じゃあ、まずは学園王国だな」
いつもの様に彼がそう言った。
けれど、心配なことも少しある。
「また……襲ってきませんよね?」
「あいつは俺なんか狙っても仕方がない。それに、俺達は一人じゃない」
「……! そ、そうですよね。め、目指すは学園王国です!」
「お。随分と気合入ってきたな」
「えへへ……」
「じゃ、気を取り直して出発だ」
「はい!」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
こうして二人は道を歩き始めた。
足取りは今までよりも軽快で、しかしどことなく力を感じられる。
二人の旅も、この世界の物語も、まだ始まりに過ぎない。
彼らに起こる数々のドラマを、誰が予想できようか。
行き先を知っているのは、旅人自身。
アルダが歩き始め、またどこかで他の誰かが歩みを進める。
彼らの歩幅は違えども、彼らの向かう先はただ一つの終着点。
志は一つ。未来を今よりも良いものにするため。それだけだった。