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セスタファンタジア―六つ星の幻奏―  作者: 新増レン
第一章 「世界を変える一歩」
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第一章32  『イル、襲来!』

 


 大勝利に終わった演説の後の大宴会では、盛大に新たなる王の誕生が祝われた。これまでの暗い雰囲気は吹き飛び、国民達の熱気で数日は雪も降りやんだ。

 そしてその演説から数日後、アルダとルシェは宿の手前で二人に見送られていた。


「もう行っちゃうのですか?」


「さすがに滞在し過ぎたからな。またいつか来るよ」


「離れていてもお友達ですよ。アルダくん」


「もちろんだ。……頑張れよ」


「はい!」


 スズは女王となった今も以前と同じく着物を着こんでいる。

 その隣には、雪道を共に歩いた大臣の姿があった。

 彼もまた、感慨深い表情を浮かべている。


「アルダ様にルシェ様、この度は本当に感謝しかありません。是非また、我が国にいらしてください。その際には、出来得る限りのもてなしをいたしますので」


「ありがとうございます。……スズのこと、お願いします」


「お任せ下さい」


 ラルニスがそう微笑んだのを見て、ルシェはスズに声をかける。


「あの、頑張ってね。応援してます」


「はい。この国をもっと良くしてみせます」


 そんな別れの言葉を交わし、アルダとルシェは王都リルアームを発った。



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 雪道を歩きながら、ルシェが声をかけてくる。


「次はどこに行くんですか?」


「ラルニスさんが勧めてくれたのは、学園王国だな」


「学園王国?」


「学園が集中して存在する首都があるんだ。それに、政治は学者出身の王様がやってる。実は俺も、あそこには行ったことないんだよ」


「アルダさんでも、行ったことがない場所ってあるんですね」


「まあな。世界は広い。この足だけで回りきるのは至難だぞ?」


 二人はそんな話をしながら雪道を歩いた。

 これでこの場所とも別れだと思うと、少し物淋しい気もする。


 しかし幸いだったのは、雪が降っていないことだ。


 別段、あれには名残を感じない。


「港町から船に乗るんですよね?」


「ああ。それから――」



 ザッ――。



「……!」


 次の言葉を紡ごうとした際、足音と気配が目の前に現れた。

 そこに立っていたのは男女の二人組で、歳はアルダ達よりも幼く見える。


「随分と楽しそうだな。よくもまあ、そう呑気にしていられるものだ」


 フードで顔を隠す男がそう言った。


「アルダさん……!」


 ルシェが震えながらアルダの防寒具を掴んでくる。


「だ、誰だ?」


「……ふふっ」


 アルダの言葉に反応し、彼は見せつけるようにフードをめくり、アルダに銀髪と端整な顔立ちを見せつけてきた。



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



「――――!」


 男の顔が露わになると、アルダはルシェの隣で声を失っていた。


「アルダさん……?」


 目の前の男女に見覚えでもあるのだろうかとルシェは首を傾げるが、どうもそんな気配ではない。

 彼らの雰囲気はどこか殺伐としており、いつかの盗賊を思わせた。


「『イル』、この二人で間違いないよ!」


 男の隣では、少女が二つに括られた黒髪を揺らして飛び跳ねている。

 丈違いのブーツとミニスカートに加えて奇抜で大胆な上半身の格好は、この銀世界ではいささか寒そうであるが、彼女はそれを意にも介していない様子だ。


「アシュリー、少し黙れ。唾が飛んでくる。不潔だ」


「なっ! そんな率直に言う!? 相手はうら若き女の子だよ!?」


 アシュリーと呼ばれた少女は不機嫌な様を見せつけ、ぷいっと明後日の方向を向いてしまった。

 どうやら用事があるのは男のようだ。



「イル……」



「え?」


 突然アルダの口から彼の名前らしき単語が飛び出てきて、ルシェは驚いて横を見た。

 そこにあったのは、笑顔で震えているアルダの姿だ。


「どうしたんだよ。まさかこんなところで会うなんてな……!」


「……あの、アルダさん。お知り合いですか?」


「ああ。知り合いも何も、ほら」


 アルダが指差す方を見ると、彼の首には欠けたペンダントが光っていた。


「……まさか、アルダさんの弟さんですか?」


「ああ。久しぶりだな。イル……」


「……」


「実はお前に話したいことが――」



「聞きたくないな。関係の無いことだ」



「……え?」


 イルの言葉に、身体が硬直した。

 冷たく重いその言葉には、兄を慕う様子は皆無だった。


「イル……どうしたんだ? 俺の顔を忘れたのか?」


「……忘れるはずもないだろう」


 そう口にした表情は、決して再会を喜んでいるそれではない。


「俺はあんたを恨んでいた。あんただけじゃない。家族全員だ……」


「……!」


 イルは更に嘲笑うかのように笑みを浮かべる。



「俺がここに現れたのが偶然だと思うのか? 随分とおめでたい発想だなぁ。別に俺は再会を楽しむために来たわけじゃない。たとえ望んで来たとしても、俺はあの家族を許すつもりはない」



「俺は、お前に母さんの訃報を伝えに来たんだ。知らなかっただろ? だから――」


「俺には関係ないことだ」


「――! 関係ないって、お前の母親だろ!」


「記憶にないな。俺はずっと一人で生きてきた。父親に引き取られてからはすぐに家を出て、傭兵としてこれまで生きてきた。頭の中には家族の姿なんて残っていない」


「……お前っ!」


 アルダの声は怒りをはらんでいた。

 同様にルシェも反論したかったが、ここで見知らぬ人間に文句をつけられるほど、ルシェは社交的ではない。

 口に出そうとしても、お腹に力が入らなくて息がうまくできない。


 そんなことも構わず、彼は次々に言葉を投げかけてくる。


「今日ここに来たのは、報告だ。俺はこの腐った世界を変える為に仲間を集っている。傭兵から盗賊、平民から貧民、果ては貴族まで。今の世界に嘆く連中は星の数ほどいるからな」


「どういうことだ……! お前は今、何をしているんだ!」



「世界を変えるのさ。王国を潰し、望むままの世界を手に入れる。階級の差別もない、ありのままの世界。その実現が、俺の創った反乱組織の最終目標だ」



「「……!」」


 ルシェにも、イルの言葉の意味は理解できた。

 つまり国を潰すということは、戦争を起こすということ。言い換えれば、ただの暴力だ。


「そんなことが許されると思ってるのか! そんな幼稚な発想が……今の世界が武力だけで変わるとでも思っているのか!」


「なら、他に策があるのか?」


「……!」


 イルは蔑むように、冷たい視線を送ってくる。


「答えに詰まる。それが現状。誰も、それを成し遂げる術を持っていない。あんただってその一人だろう? 時には必要な戦いだってある。違うか?」


「……間違ってる。お前の考えは歪んでる」


「あんたにそんなことを言われる筋合いはないな。あんたは何一つ、この世界のために行動していない。俺の方がよっぽど利口だろう?」


「あ、アルダさんは……っ!」


「?」


「ひぃっ!」


 こちらに視線が映るだけで、ルシェの咽は委縮して言葉が出てこない。

 それを知ってか、アルダは背中を優しく叩いて手前に出た。


「アルダさん……」



「イル。俺は二年間この世界を歩いた。色んな人に出会ったよ。だけどな、誰一人そんなことを望んでなんかいない! 妄想も行動に移せば取り返しのつかないことになるぞ! それでもいいのか!」



「……他人の恨みや妬みは承知の上。それを踏み越えた先にこそ、本当のあるべき形が待っている。そんなものを恐れているようでは、ここから這い上がれない。世界はまた、いつかの混沌に戻るだけだ」



「革命王がいるだろ!」


「あんな奴らをあてにする理由があるのか? 確かに有能だが、底辺の連中を救う確証はどこにも無い」


「考えを、改めろ。今なら間に合う」


「ありえんな。どうしても改めさせたいなら、あんたの嫌いな方法でやってみろ」


 誰がこんな形の再会を望んだだろうか。

 なぜ彼は、あんなにもこの世界への嫌悪感を露わにしているのだろうか。


 ルシェは、そんなことを心の中で思ってしまった。


 そうとも知らず、アルダは腰の剣に手をかける。


「あ…………」


 ルシェにそれを止める勇気はなかった。


「……俺がお前を止める。それが兄としての責任だからな」


「ふふっ、やはり同じだ。戦う以外に方法はないだろう? 世界だってそうさ。言葉を投げかけただけで変わるのなら、とっくに変わってんだよ」


 イルは、腰に掛けてある二本の剣を素早く抜き取り、構えた。


「俺の覚悟、ここであんたの身体に刻んでやる」


 そんなことを言ってイルは目を閉じた。

 一方でイルの隣にいあた少女は、つまらなそうに雪だるまを作っている。

 ルシェはというと、固唾を呑んで見守ることしかできなかった。


「イル! いくぞ!」



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 アルダは剣を抜き取り、雪原を飛ぶようにかけてイルの懐に切り込む。

 勿論、本気で斬るつもりはない。

 相手は弟。加減して剣を突き付ける形に持っていけば、イルは野望を断つ選択肢を迫られるはずだからだ。


「せああっ!」


 下から上に向けて、剣を振り上げる。


 キシイィンッ!


「――!」


 しかしイルは二本の剣を器用に操り、アルダの切り上げに合わせてきた。

 その動きは、騎士過程を積んだアルダには一瞬で理解できる。


 型にはまっていない、我流の剣技だということを直感できた。


「……どうやって!」


「あんたに関係あるか? ないだろ!」


 キイイィィンッ!


「っ!」


 アルダの剣が弾かれ、雪が舞い上がった。

 アルダはのけぞるが、すぐに体勢を整える。

 しかしイルは憮然とした態度で立ち尽くし、あちらから仕掛けてくる様子はない。


 しかし何故だか、彼は意味深に笑っていた。


「この程度か……」


「……!」


「本当はもう少し挨拶するつもりだったんだが、あんたに世界を変えるほどの力はないな。やはり、あの新聞を見た時は勘違いか」


「どういうことだ?」



「クライム王国、新女王となった革命王の後継者スズ=イロハの即位。それを報道する新聞紙には演説の写真が載せられていた。そんな演説台の後ろに、どうしてあんたの姿が写っていたのか疑問だったが、偶然のようだな」



 イルはそう言うと新聞紙を懐から取り出し、それを一瞬で切り刻んだ。

 雪の上には、紙の欠片が無残な姿で舞い落ちていく。


「脅威にならない奴に構っている暇はない。精々、女との旅行でも楽しんでいろ」


「……ひっ!」


 イルがルシェを一瞥し、短い悲鳴がアルダの背中越しに聞こえた。


「さらばだ。もう一生会うことはないだろう」


 イルは剣を柄に納めると、回れ右をして歩き始めた。

 それを見て、アルダは咄嗟に声をかけた。


「待て! まだ終わってない! 俺はお前を――」


「止められるとでも?」


「――!」


 その振り向きざまの顔には、アルダも思わず後ずさる。


 思い出のアルバムに貼ってあった、懐かしい弟の顔とは違う。

 冷え切っていて感情の無い瞳に、アルダは同情すら感じた。


 イルにはアルダとは別の数十年間があった。

 しかしその間、彼に何があったのか何も知らない。

 生きていてくれたことには喜びを感じた。


 だが、今のその顔には声すら失う。


「そこまで止めたいなら、実力の差を教えてやる。アシュリー、もう戻れ」


「はぁ!? 連れてきといてそれはないでしょ! あたしもまだここに――」


「あいつらには、あと少しで戻るとだけ伝えておいてくれ」


「……ぐぬぬぅ! ばか! あほ! 空っぽ脳みそ!」


 アシュリーは舌を出して、いかにも怒った様相で反対方向に走って行った。


 それを見送り、イルは再びアルダと対面する。


「あの女の子は、お前の仲間か?」


「あんたに関係あるのか? かまわず剣を持て。望み通り相手してやる」


「……」


 アルダは黙って剣を構える。

 するとイルも、今度はまともに構えてきた。



「『速度階級(ギアステップ)』……!」



 イルはそんな言葉を唱えた。

 唱えたというのは、その言葉が魔法だと理解できたからだ。

 名前は聞いたことがなくとも、イルの足元に浮かぶ魔方陣を見れば理解できる。


「……いざ!」


「『ニュートラル』」


 イルは魔法を唱え終えると力を抜いたように構えた。

 アルダは好機とばかりに距離を詰め寄り、勢いを保ちながら剣を振り下ろす。


 ブンッ! と、剣は何も捉えることなく空を切った。


「――!」


 確かにそこにいたはずのイルの身体は、いつの間にかアルダの後ろにある。


「アルダさん!」


 ルシェの声が聴こえて、アルダは雪面に足をついてからぐるりと体を回す。

 目前にイルの姿を見てすぐに剣を振った。

 しかし一本の剣を止めたが、もう一本はアルダの腹部を抉る。


 ズシュッッ!!


「ぐっ!」


「アルダさんっ!」


「来るな、ルシェ!」


 走り寄ってこようとした彼女の姿を見て、アルダは叫んだ。

 彼女がここへきても、標的と化すだけ。


 それだけは避けねばならない。


「『ロー』。――理解できたか? これが俺の覚悟だ。あんた如きに止められない」


「……っ!」


「まだ立ち上がる気力があるか。ならばその闘志ごと切り伏せるだけだ。『セカンド』」


「――!」


 イルの動きが突然素早くなる。


 目で追えない速度まで一気に加速して、アルダとの距離を簡単に詰めてくると、剣を途切れることなく繰り出してくる。


 ガシンッ! キンッ!


「はぁ、はぁ。だあああぁぁぁああっっ!」


 何とか対応して剣を振り払うが、イルの剣の動きは先程とは違っていた。

 絶え間なく襲い来る剣。一撃の重みは先程より弱いが、スピードは格段に違う。

 その剣技と立ち回りに圧倒され、防戦一方の展開が続いた。


「終わりにしよう……。『サード』、『トップ』!」


「なっ!」


 言葉を唱えると、イルのスピードが増し、アルダの剣をからかうかのようにすり抜け、先程とは違う見えないほどの剣の雨が伸びてきた。



 ズバズバズバズバアッッッ!



「あああっっ!」


 斬撃の割に傷は浅く手数が多い。

 だがそれでも、アルダの足を挫くには十分だった。


「ごはっ! ……く、この」


 膝を突き、アルダはイルに見下ろされた。


「……あ、アルダさんっ!」



「もう会うことはない。さらばだ、アルダ=メンシア」



 そんな言葉を最後に、イルは今度こそ立ち去っていった。雪原を歩いて、その姿が見えなくなる。

 アルダにはそれを止める力が残っているはずもなかった。


 ドサッ!


 冷たい雪の上に赤い血をまき散らし、倒れる。


「アルダさん!」


 タッタッタッタッ!


 走り寄ってきたルシェの顔が覗き込んできて、彼女の瞳から零れた涙が頬に落ちた。








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