第一章30 『革命演説』
ラルニスの根回しが完璧だったのか、演説当日は広場に埋め尽くされるくらいの国民が集まった。
判断の根拠は、胸に着けられたブローチのようで、クライム王国の国民である証として住居に配られたようだった。
しかし、中にはそれを付けていない者もいる。
アルダやルシェがそうであり、商人や観光客はブローチを所持していない。
アルダとルシェがいるのはそんな雑踏の中ではなく、演説台の後ろにある席だ。
ここにはラルニスもスズもいて、現女王である氷の女王も座っていた。
齢52歳になった今でも彼女の冷徹な視線は変わらず、保たれた妖艶な美貌を振りまきながら、憮然とした態度で座っていた。
しかし彼女の勢力は皆無のようで、女王の傍には側近すら配置されていない。
「ラルニスさん、スズは大丈夫でしょうか?」
アルダは念のため隣に座るラルニスに顔を向けた。
ここから民衆が直接見えるわけではないが、そのざわめきで緊張感が募るばかりだ。
しかし、そんなことも気にしていない風に、ラルニスは隣のスズを見て微笑む。
「大丈夫です。きっと成功できます。成功した暁には、今宵の城で即位に際する宴会を催すつもりです。国民参加のイベントですがお二方なら大歓迎ですし、どうでしょう?」
「そんな呑気な……」
「いえ、これは自信です。演説もそうですが、何かの会議や話し合いの場が設けられたとき、緊張していては声が上擦ってしまうでしょう? それを防止するためにも、今のこの瞬間が自分を中心に世界がまわると考えるのです。それくらいの自信がなくてはいけませんからね」
「それは、経験論ですか?」
「勿論」
ラルニスとアルダの歳は二倍近く離れている。
そんな彼が言うのだから間違いないだろうと思い、アルダも意識して自信を抱いてみた。
しかし隣の旅仲間は、まるで自分のことのように震えている。
「ルシェ……」
「だ、大丈夫です。スピーチの内容なら暗記済みです」
「お前が演説するわけじゃないから、別に暗記しなくてもいいんだぞ」
「はっ!? わ、私、原稿を宿に忘れてしまいましたぁ……どうしましょう」
「わかった。どうもしないから、大人しくスズのことを応援しような」
「うん」
「はい」ではなく「うん」。
思えば、そんな応答は初めてかもしれない。どこか新鮮だ。
そんな彼女の言葉は、唐突とはいえ少し嬉しかった。
アルダはそんな呑気ことを考えてから広場の時計を見上げる。
あと数分で演説開始だ。
「スズ、いけそうか?」
「勿論です。私には、この国の人が求めている言葉が手に取るようにわかりますし、アルダくんの言っていた通り、みんなのことをひっくり返したいと思う気持ちで一杯です!」
その言葉はとても自信に満ちていた。
目も、声も、口元も、まるで勝利を確信しているかのようだ。
正直言って驚いた。
アルダは圧倒されているが、スズは違うらしい。
まさにこの感覚が、彼女が革命王の後継者だと言う確信をあらわしているように感じる。
「そうか、安心した」
「アルダくん、今日の夜の宴会には参加しますか?」
「お前もその話題か……」
緊張感があまりにもなく、いい意味でリラックスしている中で演説の時間は訪れた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「――ということで、我々を導いてくれる新たな王を紹介いたします」
ラルニスが先に立ち、少し言葉を述べてからこちらに手を伸ばす。
スズはそれを頼りに演説台へと上がった。
そこの景色はある意味絶景で、かつて体験したことがないような人の数だった。
そして誰もが、どの人間の心も、注目の一心でこちらに視線を送っている。
スズはラルニスからマイクを受け取り、一歩前に出て深呼吸を一つした。
後ろをチラリと見ると、心強い応援団と大臣の眼差しを捉えて安心した。
大丈夫。私は革命王の後継者なんだから。
心の中で何度も復唱してから口を開く。
「私は、スズ=イロハと申します。皆さんも知っての通り、私が化け物の正体です」
その言葉に、民衆の心はざわつく。
彼らの求める言葉はこれではなく、次だ。
「しかし、私の力は化け物の類ではなく、革命王の恩恵によるものです」
今度は違う意味での動揺が見られた。
信じている者は一人もいない。
明らかに嘘だと嘲笑っている者はいた。
だからここで証明する。
冷たく白い息を一つ吐き、スズは集中を研ぎ澄ませた。
『これが証拠です』
『――――――!?』
言葉ではなく、この広場全員に心の声で語り掛けた。
「わかっていただけましたか……」
その声に反応はなく、誰もが愕然として状況の整理に手間取っている。
これくらいは、スズの思惑通りの展開だ。
「私がここに立つ理由は一つ。この淀んだ街の雰囲気を、国の絶望感を、私は変えたい! 皆さんには前を向いて生きてほしいのです!」
その言葉に、数割の人間が反応を見せる。
しかしこれでは浅い。
もっと深く、もっと強く。
「このままでいいのですか! この国の衰退を見過ごすのですか!」
ざわめきが戻る。
これでいい。
「私でさえ……幼少よりひどい仕打ちを受け続けてきたこんな私でさえ! 未だにこの国を愛おしく思います! ずっとあり続けてほしいと思います! しかし今の状況では、それは叶わぬ願いとなるでしょう」
一拍置いて、スズは力を込めた。
心、眼差し、全てを震わせるように、響かせるように。
「変革の時は今です! どうか私と一緒に戦ってほしい! 私が革命王の後継者として、皆さんの支持に恥じぬ形で応えてみせますっ! 再び立ち上がりましょうっ!」
その言葉に対する返事は、素晴らしい一つ返事だった。
民衆の歓声と拍手の嵐が冬の街に巻き起こる。
先程の絶望に染まった顔を一新し、希望に満ち溢れた民衆の面々の中には、嬉々として泣き崩れる者までいた。それほどなのだろう。
「そうだ! 俺達はやれる! 変われるんだ!」
「私も、もう下なんて向いていられないわ!」
「女王万歳! 新王万歳!」
「ありがとう! 絶対にその期待に応えてみせます!」
演説が最高潮の盛り上がりを見せた時、ラルニスが後ろから階段を上ってくる音を聞き取った。
彼はマイクをスズから受け取ると、流れるままに女王の再選挙を提案した。
結果はもちろんスズの圧勝。
悪政を続けた氷の女王は城の地下牢に入れられることとなった。
そしてこれが最初の火種となり、世界中に引火していく……。