第一章2 『今宵は満月』
眠りに落ちた後、まもなくアルダはルシェに起こされた。
そしていま、ルシェや彼女の叔父さん叔母さんと共に食卓を囲んでいる。
「あの……」
アルダは恐る恐る二人に訊ねる。
「泊めていただいき、そのうえ食事まで頂いて……本当にいいんですか?」
彼の問いに、ロマンスグレーの男性は優しく微笑んだ。
「もちろんですよ。あんな部屋でいいのなら、どうぞお泊りになってください」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。しかし、こちらも驚きました。この子が、見ず知らずの旅の御方……それも男性に声をかけるとは」
「え?」
その言葉に反応して、アルダはルシェを見た。
彼女は頬を染めて下を向き、スープをすすっている。
「この子は、昔から極度の人見知りでしてな。初めて会った方とは、会話に至るまで時間がかかってしまうんです。それなのに、今日は本当に驚きましたよ」
そう言って、男性は嬉しそうにスープをすすり、パンをかじった。
それまでせっせと動いて配膳をしていた女性も、椅子に座りアルダに話しかけてくる。
「同い年の男の子を見て、何か感じるものがあったんですかねぇ。うふふ」
「は、はは」
アルダは愛想笑いを浮かべるしかない。
ちらりとルシェを見ると、目があった。すると途端に彼女は目を丸くして耳まで赤くした。
「~~~~!」
そして、すぐに目を逸らされてしまう。
「あ、あはは」
「ところで、明日にはもう出発されるのですか?」
「ええ、まあ。長居するわけにもいきませんし、明朝にでも出発するつもりです。ここから山道に入って、山を抜け、港町を目指そうかと考えていました」
そう言うと、夫婦は少し寂しげな表情を浮かべた。
「もう少し、留まって頂くことはできませんか?」
「え?」
「駄目ですよ。アルダさんにも都合というものがあるんですから」
「そうかぁ」
話が勝手に進行していく。
アルダは、もう一度先程の言葉を聞き返した。
どうやら、まだ滞在してほしいということらしい。
「あの、それはなぜですか? 自分がいたら、この家庭の負担にしかならないと思いますけど」
「……叔父さん、叔母さん、アルダさんも困ってるよ」
ようやく口を開いたルシェの言葉は、それだけだった。
しかしその言葉に、アルダは少なからず違和感を覚える。
「…………」
結局、その違和感が何なのかわからないまま、食事を終えて部屋に戻ることとなった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
部屋に戻ると、少し経ってからノックの音が部屋に響く。
「アルダさん。その、私です」
声は、ルシェのものだった。
「どうしたんだ?」
「えっと、失礼してもいいですか?」
「あ、ああ」
ぎこちない所作でルシェが部屋に入ってくる。
さっきまでと違うのは寝巻に着替えていることくらいだ。
「先程は、無理を言ってすみませんでした」
先程というのは、どうやら叔父さんの一言のようだ。
「別に気にしてないけど、どうして留まるように勧めてきたの?」
「その……叔父さんは、私がこの村で暮らすことに不安を感じてるんです。この村には、同年代の人がいないから、私の人見知りが直らないって」
「そうか。それで……」
「はい。あっ、でも気になさらないでください。私はアルダさんの迷惑になるようなこと、望んでいませんから」
そうは言っているが、とても心からそう思っている顔ではなく、どこか寂寥感を滲ませている。
「…………」
アルダは、これといって早く発つ理由が特にない。
しかし、この家庭の厄介になるのは迷惑だろうという感じがして、早く発たねばならないと考えている。
ところが、この家の住人はそれを望んでいないようで、アルダは複雑だった。
「もし、ここに残ると言ったら、キミはどう感じる?」
「え……?」
「もしもの話さ。俺の旅は別に急ぐようなものじゃないから、食事つきの宿を無償で貸してくれるんだったら、これ程良い待遇はない。
町の旅館や宿は、泊まるだけでも金貨を取られるし、職無しの俺にとってみれば、さっきの話はこの上なく感謝したいよ。まだこの辺りを全て歩いたわけじゃないし」
取って付けたような理由をくどくどと並べてみる。
しかし、ルシェは首を傾げていた。まだ真意は伝わっていないらしい。
「あの、それって?」
その様子を見て、アルダは少し悩んでから言葉を選び直してみた。
「つまり俺は、もしも留まることがキミにとって迷惑だとしたら、すぐにでもここを発つ。でも、迎い入れてくれるのだとすれば、その行為には少しばかり甘えさせてもらおうと、思ってる」
「――! ぐ、具体的にはどのくらいですか?」
そこをつかれるとは思ってもみなかった。
さすがに、いくら待遇がいいからといって一生この場所に身を置く気はない。それは、あちらとて望んでいない。
アルダは考えた末、無難な数値を叩きだすことにした。
「七日間。……一週間でどうだ」
「ほ、ほんとですか!」
「まず、良いのか悪いのかで答えてくれ」
「……も、ももももちろんです!」
「成立だな。しばらく厄介になって、いいんだな?」
「はい! すぐに叔父さんと叔母さんに報告してきますね!」
ルシェは果たして、この部屋を訪ねた時の恥じらいをどれほど持ち合わせているのか。
彼女は満面の笑顔を見せつけ、すぐに下の階に飛んでいった。
よほど嬉しいのだろう。
「……さて」
出発の準備をするか。と言うほど、彼も腐っていはいない。
ガララッ。
アルダは少し錆びた窓を開け、晴れ渡った夜空を見つめた。
今宵はちょうど満月だった。
すぅ、はぁ。
「明日からしばらくは、この土の匂いを嗅ぐことになるのか」
初めて訪れた時の村の印象と、夜に見下ろす村の印象は、全く違った。