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セスタファンタジア―六つ星の幻奏―  作者: 新増レン
第一章 「世界を変える一歩」
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第一章28  『スズ=イロハ』

 


「うわぁ……」


 ルシェが感嘆の声を上げている。アルダも同じく感動していた。

 少女が軟禁されているという洞窟の内部は、遠くから見ると全く分からなかったが、近づいてその中を覗くことでよくわかる。

 全面が水晶張りのようで、氷の結晶が洞窟の中に輝いており、宝石のような氷柱が天井から伸びていた。

 その輝きで灯りが必要ないのではないかと思われるような洞窟だ。


「ここは『クリスタルミストの洞窟』です。彼女が軟禁されているのは、里の者の話を聞く限りでは最奥部ということですが、一つ注意しなければいけない点があります」


「注意?」


「天上の氷柱が落下する可能性もありますし、奥には霧が充満しているのです」


 アルダの隣で、ルシェは手を挙げて質問した。


「霧って、洞窟の中にも発生するんですか?」


「その点は、色々な方が研究しているそうですが、まだ理由ははっきりしていないようです」


「へぇ~~」


「まずは、あの氷の凶器に気をつけましょう。そういうわけで、アルダ様、よろしくお願いしますね」


「任せてください」


「それでは、行きましょうか」


 三人は簡易な作戦会議を終えて洞窟へと足を踏み入れた。



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 進むにつれて温度が下がっていく。

 氷柱の落下はないものの、足元が非常に滑りやすくて危険だった。


「こっちですね」


 ラルニスの指示に従ってルシェとアルダはその後ろをついていく。

 歩くたびに壁面の水晶に自分たちの姿が映り、不思議な感覚だった。


 十分以上歩いたところで、少し白んだものが宙を覆い始める。


「霧ですね……アルダ様にルシェ様、視界が悪化しますから、気をつけてください」


「ルシェ、大丈夫か?」


「はい」


 どんどん進むごとにその霧は濃度を増してきて、先の見通しは全くきかなくなってくる。


 そんな時だった。


「ルシェ! 危ない!」


 アルダの声を聞いた時には、真上に氷柱が迫ってきていた。


「わ、わわわっ!」


 どうすることも出来ず、ルシェは足がすくんでそのまましゃがみ込んでしまう。視界に一瞬だけ、アルダが急いで剣を抜く姿が映っていた。



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』



 アルダは直感でわかった。

 氷柱の落下速度と自分の剣を振り払う速度を考えると、これは間に合わない。


 しかし、何か方法があるはずだと思い、思考回路を急速に回す。


 ルシェの身体を突き飛ばすか、自分がルシェに覆いかぶさり氷柱を背中で受け止めるか、あらゆる方法をイメージしてみても、今から間に合うものではなかった。


「ルシェ!」


 声が出てもどうしようもない。


「……あれ?」



 しかし、その氷柱はルシェに当たることはなかった。



「なんだ、これ?」


「これは……!」


 ラルニスもアルダの後方で驚いている。


「……痛く、ないです」


 しゃがみ込んでいたルシェも上を見上げて声を失った。

 氷柱は落下することを止めて浮いていた。


「一体、どういうことなんだ?」


 疑問が満ち溢れる中、脳内にか細く高い声が響く。



『早く! 氷柱の下から避けてください!』



「――! ルシェ!」


「う、うん!」


 ルシェも分かっていたのか、アルダの伸ばした手を掴み、這うようにそこから移動する。

 その瞬間に、氷柱は落下して砕け散った。


「あ、危なかったぁ~~」


 ルシェは心底安心したように肩の力を抜いて、その場にへたり込んでしまう。

 一方、アルダはラルニスと顔を見合わせた。


「いまのは……」


「ワタクシにも聞こえました。しかし、一体どういうことなのでしょう……」


 今の現象に疑問が消えない中、不思議な声はまたしても聞こえてくる。



『この先は危険です。早くここから立ち去ってください』



「もしかして、あなたは……」


 ラルニスが何か思いついたように謎の声に話しかける。アルダの仮説と同じだろう。


 この声の主は、おそらくこの先に軟禁されている少女だ。


 彼女の伝承は「人の心に語り掛ける」という力。それ故、雪国の化け物と称されている。


「ワタクシは、あなたと話がしたい。この先に進む許可を頂けませんか?」


『……私と、話がしたいとおっしゃるのですか?』


「はい。こちらのお二方も同じです」


『私は……化け物ですよ?』


 その不思議な声は自分のことを化け物といった。

 そのことに、アルダは自然と口を挟んでしまう。それが彼女にとってどんなことなのか知らずとも、明らかな事実をここで言いたかった。


「それは誰かの言葉に過ぎない。そんな言葉に左右されていたら、本当の姿なんて見えないぞ。俺達は、そんな本当の姿を求めてやって来た。化け物なんかじゃない、一人の女の子の姿を知りに来たんだ」


『……次の分かれ道を右に進んでください。待っています』


 響いてきた声は、それ以来聞こえなくなった。


 パチパチパチ。


「え……?」


 そんな中、ラルニスから拍手を送られ、音が洞窟に響き渡っていく。


「素晴らしい意見でした。やはり、アルダ様からは何かを感じさせられますね。……ひょっとして、あなたは貴族の生まれでしたか?」


「そ、そんなんじゃないですよ。さ、行きましょう」


 ラルニスはまだ拍手を送ってくるが、アルダは恥ずかしくなって先行して歩き始める。

 すると、後ろからルシェが追いかけてくる足音が聞こえ、静かにその後ろをラルニスがついてきた。



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 不思議な声の指示通りに進むと、扉のようなものがあった。

 それを開けると、簡易ベッドやテーブルが備え付けられている小さな部屋に出る。


「これって、お部屋ですよね?」


「……」


「アルダさん?」


 ルシェの声に反応することも出来ず、アルダは目の前に立っている少女を見ていた。


「あなたが……」



「私は『スズ=イロハ』と申します」



 少女は丁寧に礼をしてくる。

 桜色の着物を身に纏い、その整った小さな顔はまるで人形のよう。

 艶やかな黒い髪をなびかせ、少し緊張しているのか頬を染めていた。


 アルダ達は一人一人自己紹介をし、スズに椅子に座るよう促され、三人は従う。


「それで、私とお話がしたいというのは……」


 まだ信じられないのか、スズは上目でこちらを窺ってくる。

 そこでラルニスが代表して話し始めた。

 まずは国の現状から話し初めて、徐々に本題に入っていく。


「そこで、是非ともスズ様にご協力いただきたく……ここまで来た次第です」


「……そうですか。私が革命王の後継者、ですか」


 スズは何処か遠くを見つめてから、一つ頷いた。


「確かに、放っておきたいとは思いません。しかし本当に私なんかが、女王としてやっていけるでしょうか?」


「このラルニスが全力で補佐します。今必要なのは新しい風。どうかお力添えを!」


「……一ついいでしょうか? 先程のお言葉はどなたのものですか?」


 先程というのはアルダの言葉だろう。彼は自信無く挙手する。

 すると、スズは手を挙げたアルダのことをじっと見て少し頬を染めて口を開く。



「あの……『アルダくん』と、呼ばせてもらってもいいですか?」



「え?」


「その、年上だと伺いましたが、あんなことを言ってもらったのは初めて、なんです。お、お友達になっていただけませんか?」


 スズの言葉は本気だ。

 周りをよく見ると本棚が置いてあり、そこには『友達の作り方』『自分から話しかける勇気』と書かれた本が並んでいるのが見えた。


「アルダさん、いいじゃないですか」


「そう、だな」


 きっと彼女はこの洞窟に閉じ込められながら、友達の存在に憧れがあったのかもしれない。

 化け物として扱わないアルダの言葉に心打たれるものでもあったのだろう。


「構わないぞ。俺は別に……」


「うふふ、アルダくんです。ふふっ」


 どこか楽しそうに、彼女はようやく笑顔を見せてくる。ここだけを見ると、普通の女の子だ。

 彼女は笑い終えると、ラルニスに顔を向き直した。


「引き受けましょう。私がこの国のお役に立てるのなら、喜んで協力します」


「……! ありがとうございます!」


「ふふ。でも私こう見えて我儘ですけど、いいんですか?」


「このラルニス、どんな我儘にでも答えてみせます」


「じゃあ、頑張りましょうね」


「はい!」


 二人でそんなやり取りを繰り広げているのを見て、アルダとルシェは互いに顔を見合わせる。

 そこで、ルシェがあることに気が付いた。


「そ、そういえば、先程は氷柱からどうやって助けてくれたんですか?」


「私の魔法です。物体運動の抑制が得意なんです」


「え、でもそれって、魔法の属性に関係しないんじゃ……!」


 アルダが呟くと、スズはクスクスと笑った。


「アルダくん、あの氷柱は偽物ですよ? 気付きませんでした? 魔法の糸で釣ってあって落ちる仕組みになっていたんです。ちょうど人の真上の辺りで止まる様に……」


「じゃあ、もしかしてあれは……」


「人払いの罠です。私、さっきまで人間が大嫌いでしたけど、三人と出会えて少しは好きになれました」


「それはよかった……」


 ラルニスがホッとしたように呟き、アルダもルシェも頷いた。

 スズを連れ、洞窟を出た時にはもう夕方だったが、さすがにあの里で宿をとるような真似は出来ず、近くの町に辿り着いたのは夜になってからだった。



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 町の夜は明るかった。

 洞窟の中の夜に比べると昼の様に明るく、向かい合う住居の灯りすらもスズの目にはまぶしく映っている。


 明日は朝にトナカイで移動すると聞いており、スズは子供のような好奇心に駆られ、あまり眠れず、こうして宿のバルコニーで冬の寒風にあたっていると、さらに眠気が冴えた。


「外の世界って、空気が気持ちいい……」


 加えて、夜空はスズの心を震わせた。

 物心ついた時から魔物だの化け物だの言われて、気付けばあの暗い洞窟にいた。

 だからこんな町にも来たことがないし、必要としてくれる人なんていなかった。


「……」


 三人が来たときは、嬉しくてたまらなかった。

 何故なら、スズは初めての味方と遭遇できた気がしたのだ。

 彼らは自分に恐怖しないし、何よりも一人の人間として、女の子として扱ってくれたことが一番嬉しい。


 ふと、笑いがこぼれてきた。


「まだ、眠らないのか?」


「――! な、なんだ。アルダくんですか」


「ああ、俺だ」


「眠れないの?」


「まあな。それに、物音がしたから一応見回りだよ。可愛い泥棒さんがバルコニーで風にあたっているとは思いもしなかったが」


「む、泥棒じゃないですよ? ふふ」


 頬を膨らませると、可笑しさで自分の方が笑ってしまった。彼もそれにつられて笑う。


「どうしたんだ? もしかして、国王になることが不安なのか?」


「それは、よくわかりません。私にできることなら取り組んでみたいです。ただ……」


「ただ?」


 アルダは友達だ。

 だから、スズは話してみようと思えた。



「皆さんに認めてもらえるかどうかが一番不安です。私、我儘で臆病者なんです。そんな私を必要としてくれる人がいることを知れて良かったけど、やっぱり、誰もが認めてくれるなんて思えないです」



「……じゃあ、認めてもらう必要ないんじゃないか?」


「え……」


「認めてもらうのは、スズが女王として国を変えた時でいい。その時は、見下していた奴らを全員、ひっくり返せばいいだろ。起き上がれないくらいに腰を抜かせてやれ」


「それって……」


 言葉の意味を何となく把握していたが、それでもスズの理解力では追いつかない。


「要するに、誰もが驚くようなことをすればいいんだ。スズなら出来るさ。だってお前は、こんなにも素敵な人間だからな」


「すて、き?」


「ああ。洞窟の中でも言ったけど、会うまではスズの姿を知れなかった。けど、こうして話して一緒に食事もした。そうすれば自然と、相手のことがわかってくるんだよ。……まあ、これは俺だけかもしれないけど」


「相手のことが、心を見ないでもわかるんですか?」


「そうだ。スズだって、いつも相手の心を窺ってるわけじゃないんだろ?」


「……はい」


 それはスズの精神上良くない。

 だから、特定の人物に的を絞って心を読むようにしている。


「お前は化け物なんかじゃない。俺が保証するから、信じて頑張ってみろ」


「……いつまでも、信じてくれますか?」


「勿論だ。だって俺達は――」


 その言葉に、スズの眠っていた涙が溢れだしそうになった。

 しかし、ここで泣けばアルダに心配をかけるだろうから、絶対に泣けない。



「俺達は、友達だからな」






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