第一章27 『ラルニスという男』
宿での会議から数日が経過した。
三人はようやく里へと辿り着く。
道中、何匹かの狼に襲撃されたが、アルダ一人で対処できた。それに、いくつかの村で休息をとってここまで来たこともあり、体調もばっちりだ。
「ここですか?」
防寒具に身を包むルシェはラルニスにそう訊ねた。ラルニスもまた、分厚い防寒具に身を包んでいて、それを脱いだ時の痩せ細った身体は今の彼から想像もできない。
「そうですね。ここが伝承を受け継いでいる里です。……とりあえず、里の皆さんに彼女のことを聞いて回りましょうか」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫、とは断言できません。ただ、反応を窺っておきたいのです」
「反応?」
「ええ。里の人間は、果たして彼女を化け物として扱っているのか、それとも、過去の様に神として祀っているのか……」
確かに、ラルニスの意見は的確だった。
雪国の化け物というのは、氷の女王が定めた名称だ。
しかしこの里の人間にとってみれば神であり、洞窟に軟禁するのではなく、現状は祀っているだけなのかもしれない。
「どっちにしても、悪趣味ですね」
「おや、神の存在を否定するんですか?」
「それはしません。けど、閉じ込めている事実に変わりないです」
敬虔な神の使いである一人のシスターと出会わなければ、アルダは真っ向から否定していただろう。
「成程。ちなみにワタクシは、神なんて偶像を信じておりません。信じられるのは、存在するものだけです」
「……」
アルダも、以前までは似たような見解を持っていた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
アルダとラルニスの後ろを歩きながら、ルシェは辺りを見渡してみた。
この里は視界に収められるほどの範囲で、住居に見える建物は藁や木で作られており、雪国では厳しい造りだ。
しかし外に出ている里の人間を見かけると、彼らは特別な毛で作られたような服を羽織っており、これが彼らの文化だと理解できた。
「では、ここで待っていてください。ワタクシが訊ねてきましょう」
ラルニスがそう告げて、この里の人間に歩み寄っていく。
「アルダさんはどう思いますか?」
「何が?」
「その、ラルニスさんが言ってたこと……」
アルダは「ああ」と言って、少し間をあけて回答を出してきた。
「恐らく、神様として祀られてはいないだろう。ラルニスさんも、あくまで確認だったみたいだしな」
「……もしそうだとしたら、心は痛まないのでしょうか? 幼い女の子を洞窟に閉じ込めておくだなんて」
「普通に考えればそうだ。特に俺達はこの国の人間じゃないから、この国の誰よりも客観的に捉えることが出来るだろう。しかし、この国の人々にとってはそうならない。それが、あの氷の女王の命令となれば尚更だ」
「それは、どうして……」
「見たらわかるだろう。この国の人間に反乱の意思はない。誰もこの状況を打破しようとも思わず、他人に任せきりのまま生きている。そんな奴らが、代表して、率先して、自己主張を繰り広げられるとは考えにくい……その点、あの人はすごいよ」
アルダの視線の先にはラルニスの姿がある。
この雪の大陸では、ラルニスに何度かお世話になっていた。
初日の大移動の際、トナカイを使った時も彼が金貨を払ってくれたし、今までの宿代はラルニスが出してくれている。
「誰に命令されるでもなく、この国を変えるために動こうとしている。こんな人任せの世界を変えようとしているんだ……。それに比べて、俺は――」
「アルダさん?」
その先の呟く言葉は、ラルニスの足音で消えた。
「問題ありません。彼らにとって彼女の存在は化け物。つまり、我々が連れ出しても咎めることはないでしょう」
「神様だったら、問題だったんですか?」
「ええ。我々の動きに反発する勢力が出現する可能性が出てきます。仮に、彼女が神様として崇められていたとすれば、この里にとって我々の行動は、いわゆる罰当たりですから」
「確かに、そうですね」
改めて彼の言葉には溜息が出た。
ラルニスの計画は実に完璧で、これまで狂いがない。
移動時間から泊まる宿の確保まで、あの男はその顔や見た目に似合わずしっかりとこなしていた。相当頭が回るようだ。
「それでは向いましょう。夕刻までは余裕があります」
「「はい」」
二人はラルニスの案内に従って、里を出て東へと進んだ。
歩いていくと、遠くに山があり、そこの下部がぽっかりと空いている。あそこが入口のようだ。