第一章26 『神達の伝承』
「この地には、昔から伝承がありました。神話というのはご存知でしょうか?」
「ええ。その土地に伝わる伝説の一種ですよね」
「その通りです。実は、クライム王国が建国される以前から、この大陸にはある神話が残っています。およそ、三百年前からでしょうか……」
「三百……」
アルダは単純に計算してみたが、歴史通りなら、革命王が出現した時期に相当する。
この大陸は厳しい環境が原因で、その時代は先住民である冷極の民が支配していたが、ちょうどその時期、革命王の一人「神達王」が彼らを諌めて友好関係を築いたとされる。
その結果、紛争が起きることはなく、彼らと共存する大陸となった。
「あの、アルダさん」
「クライム王国が建国に漕ぎ着けたのは、探検家『ビリー=ウッド』の発見があったからなんだ。それまでは文明という文明を持たず、もともと雪原に住んでいた民族しか存在していない、無益の土地だったからな」
「それじゃあ、どうしてここまで発展を?」
「ビリーは、この大陸でとある発見をして祖国に報告した。その発見が鉱山資源だ」
「鉱山資源……」
「それからは、ここにしか存在しない金属や、それを発見するための調査機関が設けられ、以前から友好関係にあった先住民の協力もあり、人が出入りするようになった。
そして約百年前、革命王の力を継いでいたとされる者が、独立できる国まで発展させたのさ」
アルダの解答に、ラルニスも満足げに拍手した。
「素晴らしいです。教科書通りの説明です」
「……どうも」
少し恥ずかしく、簡素にしかその拍手に応じることが出来ない。
アルダは学園に通っていた。
しかし、通ったからと言って知識が身に着くというわけではない。アルダは他の生徒よりも歴史に興味を持ち、熱心に取り組んだ結果が知識として結びついているだけだ。
「アルダ様の言う通り、クライムが王国となったのは約百年前。革命王の後継者とされる一人の王により建国されました。実は、このことが神話と結びついているのです」
「俺、神話とかの知識はあまりないんですけど……」
「大丈夫、極めて簡単な話ですから。この国を立ち上げた王は後継者で、革命王としてのある特殊な力を身に着けていたとされます。それが『光の伝達』です。これは、ご存じだと思います」
アルダも知っている。革命王のことは歴史の授業で習っていた。
「光の伝達」というのは、数キロ先の人間に一瞬で物事を伝えることが出来るという力で、革命王の一人、神達王が持っていたとされる力だ。
「――それが、関係あるんですか?」
「ええ。三百年前に遡りましょう。実は、知り合いの研究者から面白いものを頂きまして」
「それが、神話ってやつですか?」
「ええ。目を通して驚きましたよ。そこには『三百年前には人の心に語り掛ける力を持った人間を神と崇めた』――とあったんですから」
「――!?」
アルダは理解した。ラルニスが遠まわしに話している内容に気が付いた。
「アルダさん、私にはさっぱり……」
「さっきの説明で、三百年前に民族との共存を築いたのは、誰だって言った?」
「えっと、革命王の一人、神達王ですよね。私だって革命王くらいは知ってます。えへん」
得意げだが、気付いていないことはすぐにわかる。
「ルシェ、俺達はどうしてこの大陸に渡ったんだ?」
「それは、人の心に語り掛けることのできる人を探す……あれ?」
「一致するのさ。この国で禁句とされている事と今の神話が……」
ラルニスは頷いて笑みを見せた。
「その通りです。ワタクシが睨む限り、これが意味するのは『神話における神と崇められた人物は、革命王と予想される。すなわち、同様の力を持つ者こそ神達王の後継者である』ということです」
「それって……」
「神話を信じるのであれば、革命王の後継者は光速の伝達を持つ者。彼らが血縁関係であることは間違いないでしょう」
現在、革命王の『特殊能力』は解明されているが謎も多い。
明らかなのは、素質を持つ者が革命王の後継者として覚醒すると、同様の力を得るということ。その条件の大半は血縁と言われている。
しかし条件が重なるからといって、必ずしもその者が革命王としての異能力に目覚めるのかといえば、そうではない。
魔法と同じように、適正というものがあるからだ。
より革命王に近い性格や才覚を持ち合わせている人間にのみ覚醒するとされているのが現在の学説だ。
ちなみに「革命王」と歴史上で称されているのはたったの六名。それ以外の後継者と呼ばれる者達は全員、六名と同様の力を持っていた。
今も誰かの血に流れており、後継者としての覚醒を待ちわびているのも確かだ。
研究で明らかになったのは、歴史の変換期には必ず新たな六名が揃うということ。
それは未だに原理不明であるが、有名な六名以外にもそれらしい人物は何人かいた。
「ラルニスさんは禁句の正体について、同様の人物だと考えているんですか?」
「ええ。率直に話してしまえば、ワタクシも、例の資料に目を通すまでは考えもしませんでした。しかしこれは事実です」
ラルニスの目は真っ直ぐに、こちらを射抜いてくる。
「伝承が今も伝わる里のことを聞きましたか?」
「ええ」
「実は、禁句になっている理由がそこにあるのです」
「――というと?」
ラルニスは一拍置いた。深呼吸の後に口を開ける。
「里の傍の洞窟には、まだ十代の少女が軟禁されています」
「「――!?」」
その話で、血の気が一気に引いた。
寒さのせいではない。アルダの隣でルシェも青くなっている。
「それ、どういうことですか?」
「彼女には特別な力があった。それが、『心に語り掛ける力』です」
「革命王と同じ……」
「我々も知識が足りなかった。その力がどの程度なのかもわからなかったですし、何よりも恐怖が勝ってしまった。しかし、判明したのが先程の事実です」
「革命王の一人、神達王の力と同様かもしれないということは……」
「ええ。少女は正真正銘、世界が待ちわびた革命王の後継者というわけです」
その話を聞いて、アルダは一つの仮説を立てる。
この話をアルダ達に話してきて、彼が何を頼んでくるのか。一国の大臣が何を企てているのか、それは容易に確認できた。
「まさか、その女の子を次期王に育て上げるっていうんじゃありませんよね? その為に、興味を持った俺達を利用して、少女を救助しようって企みじゃ……」
「……普通の大臣であればそうするのでしょう。でもワタクシは違います」
「?」
その発言には、さすがに対応できない。肯定でも、苦し紛れの否定でもなかった。
ラルニスはその歳にあったような落ち着いた声で、否定した。
「禁句になっているというのは、なぜだかわかりますか?」
突然、つい先程の話題に戻った。
「女王は少女を化け物と断定し、軟禁の特例措置をしました。つい一年前です」
「……!」
「そして、伝承と名前を変えて商人の間に知れ渡らせた。国の人間がすべてを話せば、即刻処刑となるでしょう。女王にとって、彼女のような得体のしれない化け物は、政治の邪魔にしかなりません」
「……どういうことですか?」
ルシェの質問には、ラルニスが丁寧に答えた。
「人間兵器だと誤解されてしまえば、他国は我が国を敵とみなします。そうなれば、戦争へと発展しかねない。もしそうなれば、この国に勝ち目はないでしょう」
「それは、どうしてですか?」
「我が国は造船技術こそ優れていても、国に活気がない。兵が集まらない国に勝機はありませんよ」
「あ……」
「女王の考え、俺は納得しかねますね」
「ワタクシもそうでした。しかし止める材料がない。そこで舞い込んできたのが、彼女が実は化け物ではなく、革命王の血を継ぐ後継者だという事実です」
それは確かに、彼女の立場を逆転できる材料にして、救う手段だった。
「では、やはり――」
「いえ。ワタクシはこの国の為に彼女を次期国王に育て上げるつもりなどない。そんなまどろっこしい手を使わず、彼女に王位を継いでほしいのです」
「……それは、氷の女王を廃位するってことですよね?」
「勿論。この国は貴族の介入もありませんし、彼女を廃位にするのは容易でしょう」
現在、クライム王国の国王となっているのが、「氷の女王」と異名を持つ女性だ。
冷徹で、時には犠牲もいとわない彼女の政治に対して、各国の見方はあまり評価されるものではなく、いずれクライムは滅びるだろうと予測する学者も多い。
それは誰もが知っている事実で、現時点において、世界で最も危険視されているのがこの王国で、この女王だった。
「保たれている世界の均衡が崩れるのはこの王国が起点だと、ワタクシも把握しております。お二人も見ておられるかと思いますが、この国は暗く重い雰囲気を纏っている。それが、世界から危険視される不安感や、女王の政治に対する嫌悪感から出ているものだと、ワタクシは考えます」
「……でも、それならあなたが国王になればいいんじゃ?」
「それは不可能ですよ」
ラルニスの言葉には幾らかの重みがあった。
大臣職というのは、王の信任を経て決まる。その人物像は元学者や、あるいは普通の商人かもしれない。七か国連盟では司法、立法、刑務、防衛、経済の五つの大臣が規定されており、国を築く上での大前提の一つでもある。
しかし、この制度に疑問の声があるのも事実。
王が直接選ぶというのは、どこかで不公平性を醸し出していたからだ。
政治を行う官職だとはいえ、たった五人でいいのかという声も上がっている。
そんな女王の補佐役である大臣が、この国の国王となればどうだろうか?
「民衆は、希望はおろか絶望すら感じる者も出てくるでしょう」
「――っ!」
ラルニスの言葉に、アルダは感じるものがあった。
先日の舞踏会におけるソフィア姫との五分余りの対談で、アルダが口にした言葉。
『この世界には希望が足りなすぎる』
ラルニスの言葉は、アルダの意見と同じだった。
「いま必要なのは、民衆の生きる希望です。もしも、彼女が新たな女王として即位すれば、どうなるでしょう?」
ルシェは首を傾げている。少なくとも、アルダには理解できた。
「新たな女王が、あの有名な革命王の後継者であると知れれば……」
この世界で革命王を知らない者はいない。それ程の常識だ。
革命王と名前を聞くだけで数時間語りだす者もいれば、熱心に彼らの時代を研究している学者も少なくはない。
そんな革命王の力を継ぐ、俗に言う「後継者」が王となった暁には――
「革命王の後継者という、その存在自体が希望となる。つまり、世界を変えるのです」
ラルニスが今、国ではなく世界と言った理由は、アルダにもなんとなくわかる。
この場所だけではない。色々なところで滅びの序曲が聴こえだしてきている。
ラルニスは、決定打と言わんばかりの言葉を、次に放った。
「アルダ様とルシェ様、あなた方は今の世界に納得していますか?」
「……!」
これに驚いたのはアルダだけだ。
ルシェは世界を知りたくて同行している。そんな目的があるが、アルダには弟捜索という不安定な目的しかない。
「俺は……」
「納得できないから、何かを求めて旅をしているのではないですか?」
「――!」
核心だった。
アルダは何も言葉に出来ない。
「アルダさん……」
「本題に移りましょう。ワタクシは、あなた方に護衛を依頼したい」
「護衛、ですか?」
「はい。ワタクシは軟禁状態にある少女に会うため、洞窟を目指したい。しかし、道中は獣が出るかもしれませんし、危険な状況となるでしょう。そこで、騎士に依頼しようとしたところ、あなた方が伝承のことを聞いて回っているというのを知りました」
アルダの中で、ラルニスが訊ねてきた理由が明白になった。
「どうかお願いです。協力してくれませんか?」
「アルダさん……」
ルシェが心配そうにアルダに顔を向けてきた。彼女も判断に困っている様子だ。
「わかりました。引き受けます。でも、俺達も彼女に会うことは出来ますか?」
「勿論です」
「それなら喜んで協力しますよ。ルシェも、いいよな」
「私はアルダさんの同行者ですから。反論はありませんよ」
こうして、宿の中での会議は終わる。
アルダはどこかで希望を抱いていた。
もしかしたら世界が変わるきっかけになるかもしれない。
革命王の後継者と話すことが出来れば、自信が持てるかもしれない。
そんな軽薄な希望すら、アルダには嬉しかった。
だから、ラルニスの依頼には肯定しかできない。