第一章25 『ある男の訪問』
宿に戻り、食事と入浴を済ませて、二人は硬いベッドに腰掛けていた。
現在午後七時。あたりは暗く、窓の外には白い雪だけが目立っている。
小さな部屋にベッドが二つ。
他にすることもなく、アルダは騎士から聞いた事実をルシェに告げることにした。
「――聞いたところ、どうやらこの国で例の噂は禁句のようだ」
「禁句、ですか?」
「呪いみたいなものらしい。シュヴァンさんの言っていた様な伝説とは真逆だ」
「では、人の心に語り掛けることが出来る人は、いないんですか?」
「それについては詳しく聞けなかった。ここから随分と離れた里で、今もその伝承が受け継がれてるってことくらいか」
「じゃあ、手がかりゼロですね」
「そんなことはないさ。次の目的地は明確になった」
「もしかして、その里に行くんですか?」
アルダはその質問に頷く。
「どうやら、この話には裏がありそうだ。直接行って確かめないと、嘘とは断定できない。どうして他国には伝説として伝わり、この国では災いの扱いをうけるのか……」
ルシェも同じように首を傾げている。
彼女は、防寒具を脱いでいて、今はシュヴァンからの好意で頂いた服に身を包んでいる。
そんな風に二人で呻っていると、急に扉がノックされた。
「……? なんでしょうか?」
アルダはノックに反応して声を出した。
「お客様、ロビーに、お客様に用があるとおっしゃる方がいらしております」
そう告げて、足音が遠くなる。
今の声はこの宿を管理している従業員のものだった。
「なんでしょう?」
「行ってみるか。この国に知り合いはいないはずだけどな」
少しの警戒心を抱きながら、二人は部屋を出てロビーへと向かった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「あ……」
ルシェは思わず声が出た。そこには、憩いの館ですれ違ったあの男がいたからだ。
「知ってるのか?」
「さっき、憩いの館ですれ違った人です」
「……あの、失礼ですが、どのような用件でしょうか?」
アルダがそう訊ねると、男は周囲を確認してから帽子をとって深々とお辞儀してくる。
「夜分遅く、本当に申し訳ない。ワタクシは『ラルニス=ヴィクター』。この国では、女王の補佐役を務めている大臣の一人です」
「「…………え?」」
二人は灰色の髪を携える男の自己紹介に目が点になった。
男は自己紹介に次いで、役人の証である勲章を見せてくる。それは本物である証で、認めざるを得なかった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
部屋に通し、改まってアルダとルシェが自己紹介を終えた。
「――それで俺達にどんな用件ですか? もしかして、この国では旅人には規制があって、それを無意識に破ってしまったとか?」
そう訊ねると、ラルニスは驚いたような表情で少々笑い、かぶりを振った。
「そんなことはありません。実は、お二人が騎士の駐留施設にてある事を訊ねたと聞いて、慌てて飛んできたのです」
「まさか、禁句の?」
「ええ。騎士から、その事について説明はお受けになられましたか?」
「いや、そこまで親切には……」
「やはりそうですか。――実は、ワタクシは頼みがあってここに来たのです。その、伝承の件で……」
「――というと?」
「真意を話す前に、まずは詳しく知ってもらいましょう。そちらの目的もあるでしょうし」
そう言って、ラルニスは真剣な顔つきで伝承のすべてを語り出した。