第一章23 『次なる地へ』
舞踏会も終わり、アルダとルシェ、加えてメイド隊のミリィがシュヴァンと向き合う形になっていた。
国王に見つからないようにと、メイド達の休憩室にて話し合いの場が設けられている。
すでに夜の十時を回っており、最年少のテトラはセアリアに連れられ、この部屋の奥に設けられているメイドの個室へと戻っていった。
「なんか、俺達はあまり役に立ちませんでしたね」
アルダが謙遜した態度をとると、シュヴァンもミリィも否定する。
「お二人には感謝しています。ルシェさんにはテトラを見ていてもらえましたし、アルダさんが近くに居なければ、ミリィはあんなにも簡単に異性と踊ることが出来なかったでしょうから」
「……少しは、役に立てましたか?」
ルシェが恐る恐る訊ねると、シュヴァンは口の端を釣り上げて優しい目になる。
「勿論です。感謝しています」
「……ふぅ、よかったぁ」
「では、こちらが報酬となります」
そう言って、シュヴァンは袋をアルダに渡してきた。中からはジャラジャラと金貨の音がする。
こんなことでもらっていいのか、少しだけ躊躇いが生まれていた。
しかし、シュヴァンにはそんなこともお見通しだったのか、アルダの手を取って袋をしっかりと渡してくる。
「お受け取りになってください。あなたとの出会いは、金貨以上の価値がありましたから」
「え……」
「きっと、あなたのおかげでこの国は変わることが出来る。姫様も、わたくしも……」
「は、はぁ」
アルダは断れきれずそれを受け取った。それを見てミリィが訊ねてくる。
「アルダ様は、これからも旅をお続けになるのですか?」
「ああ」
「出発は、いつ頃になるのでしょう?」
「明朝の便で次の大陸を目指すよ。ここにはあいつがいなかったから」
「あいつって、お知り合いですか?」
「弟だよ。俺は弟を捜して旅に出てるんだ」
それを聞いて、シュヴァンが「成程」と小さく呟く。
「ではどうでしょう? 次は『クライム王国』の雪原大陸を目指してみては?」
「どういうことですか?」
「いえ、わたくしも噂でしか聞いたことがないのですが、あの大陸のとある里には、数年前から伝説があるらしいのです。なんでも、人の心に語り掛けることのできる者がいるとか……。手がかりもないのでしたら、面白そうですし一度行ってみては?」
その言葉に、アルダはチラリとルシェを見てから考える。
自分の都合に付き合わせ続けるのも悪い気がして、次の目的地は息抜きも兼ねようかと考えていたところだったから、丁度いい話だった。
それに、ルシェは雪が見たことないだろうから、きっと喜ぶだろう。
「……そうですね。行ってみます。」
思案の末にアルダが頷くと、ルシェは目を輝かせて語り掛けてくる。
「アルダさん、雪原大陸っていう所に行くんですか?」
「ああ。雪も見れるぞ。嫌って程にな」
そう言うと、ルシェは満天の笑顔を見せつけてくる。
「雪……叔父さんの話で聞いたことがあります。是非見たいです!」
「そんなに張り切ることか?」
「はい! 楽しみです」
一人で舞い上がっているルシェは置いておいて、アルダは二人に手を差し出した。
「握手、ですか?」
「俺、行った先々でお世話になった人達にはこうやって握手したくて。シュヴァンさんと出会えて良かったです。勿論、ミリィもセアリアもテトラも、ソフィア姫もだけど」
「……そうですか。わたくしも、あなたには興味を抱き続けました。これからの活躍、期待していますね」
「そんな、大袈裟な」
シュヴァンはグローブを脱ぎ、アルダと握手を交わす。
次に、アルダはミリィに手を出した。
「わ、私なんかと、いいのですか?」
「ああ。その、俺がミリィ達を雇えるとは思わないんだけどさ、また会うことがあったらよろしくな」
「そ、そんなっ! 私は無償でも仕える所存です! ぜひ、お役に立てそうな時は、その、お手紙でかまいませんから、お声をかけてください! 私達、アルダ様のメイドですから! もう予約済みですから! えぇと、どこへも行きません!」
「嬉しいけど、俺のどこがそんな気に入ったわけ?」
「言葉で表現できないような何かを感じたから、です。アルダ様と言葉を交わして、私達はその……なんといいますか、この人しかいないって思えてしまって」
「……わかった。声かけるよ。すぐには無理かもしれないけど、それでもいいか?」
「はい! 是非、お願いします!」
ミリィは勢いよく頭を下げる。彼女のツインテールがそれに伴い波打った。
同じく、シュヴァンも小さく礼をしてくる。
「アルダさん。わたくしも少なからず、あなたからは姫様と同じ『何か』を感じました。わたくしは、姫様と同じくらい、あなたに期待しています。……この世界を驚かせてくれる存在だと、そう思っています」
「シュヴァンさん、それは褒めすぎですよ。俺はそこまで優れた人間ではありません」
「……まずは、そのご謙遜する癖を改めてみてはいかがでしょう?」
「え?」
「ふふ。冗談です」
「あ……」
またしてもシュヴァンにからかわれ、アルダは顔が熱くなる。
しかし、次の言葉はその類に聴こえなかった。いや、そう感じなかった。
「困ったことがあれば、このフォードにいらしてください。執事であるだけのわたくしなら、いつでも相談に乗ることが出来ますから」
こうして、長い舞踏会の夜は終わった。アルダ達は旅館に戻り、疲れ果てて眠った。
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翌朝、アルダとルシェは朝の港町の空気を吸いながら、背伸びをして旅館を出た。
「三泊もしたせいか、少しここを離れるのが淋しいですね」
「そんなこと言ったらこれから先、ずっと愛着を湧かなきゃいけないぞ?」
二人はそんな会話をしながら、まだ人気の少ない街路を通り、メインストリートへと出て行った。そして港へと一直線に向かう。
「あ、あれって」
そんな道の途中、ルシェは港の方角を指さして声を上げた。
アルダもそちらに目を向ける。
するとそこには、よく知った顔のメイド三人が立っており、彼女達もこちらの存在に気が付いて手を振ってきた。
「どうしたんだ?」
アルダが三人にそう訊ねると、さも当然の如く彼女達は「見送り」と告げる。
「お見送りです。……アルダ様、きっとまた会えますよね」
「わたくし、アルダ様からお声がかかることを、毎晩のように待っていますわ❤」
「お兄ちゃん。テトラね、メイドさんとしてもっと成長して待ってるから!」
三者三様に挨拶の言葉を述べてくる。
アルダは、一人一人に握手した。
「まあ、そうなれるように頑張るよ。みんなも、元気で」
「「「はい」」」
三人に別れを告げると、目的の船がやってくる。
「じゃあ――」
そう言って船に乗り込む時、ミリィの声が確かに聴こえた。
「ご主人様! いってらっしゃいませ!」
アルダは悪くないその響きの余韻に浸りながら、定期船に乗り込んだ。
「アルダさん、またみんなとお話しできますよね?」
「ああ。必ずな」
それから、アルダとルシェは甲板で三人に手を振った。見えなくなるまで振った。
次に目指す地は、白銀の大地「ペルシャーク大陸」だ。