第一章22 『舞踏会を裂く銃声』
「あの、セアリアさん!」
「わかっていますわ。シュヴァン様からも指示がありましたから。……あれね」
セアリアが射殺すように見ている視線の先には、胸の内側に何かを隠し、一直線にソフィア姫めがけて歩いている男がいた。
白いタキシードを纏っているが、怪しさ満載だ。
「あ、あの、いいんですか?」
「大丈夫ですわ。――にしても、ミリィがアルダ様と一緒に踊ることが許せないっ! くぅぅ、あの場所はわたくしのものでしたのに! それに、どうしてアルダ様も楽しそうなんですの? 余計わたくしも踊りたくなりますわっ!」
「あ、あのぉ」
セアリアは興奮気味でルシェの言葉を聞き入れていない。
「て、テトラちゃん、セアリアさんが――」
ルシェはもう一人のメイドに応援を求めるが、振り返った先で彼女は、壁にもたれかかって寝息を立てていた。
実に気持ちよさそうに眠っている様だ。
「むにゃあ。お兄ちゃん、もう食べていぃ? えへへぇ。わぁい、お菓子のお家だぁ」
「ど、どうしよう。――って、あれ? セアリアさん?」
気付くと紫ドレスの女性がいない。しばらく周りを見回してようやく発見する。
「あ、セア――え?」
視線の先ではセアリアが例の男に近づき、豊満なバストを強調しながら話しかけていた。
「ねえ、お兄さん。わたくしと踊ってくださいませんか? タイプですの❤」
「な、なに考えてるんですか!」
ルシェは慌てふためきながら、わたわたと何をしたらいいのかわからなくなる。
しかし次の瞬間、男はセアリアを退けて歩き、その内ポケットから何かを取り出す。
パアアアアアァァァァァァアンッ!
『――――――――!?』
その乾いた音に、会場中の視線が集まった。
「そ、ソフィア姫。あ、あああんたに恨みはないが、これも、仕事なんだっ!」
男はそう言って、銃口をソフィアに向ける。
だが周りのどよめきの間もなく、先程のような音が響き渡った。
パンッ!
パパアアッッッン!
「……え?」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁああ! て、手があぁぁぁ!」
叫び声をあげてうずくまっているのは、銃を構えた男。
そんな彼を、何処からともなく現れた別のメイド達が彼を取り押さえていく。
「何が、起こったの?」
周りが安堵の息を漏らすなか、ルシェは何が起きたのか目で捉えることが出来ず、ただ茫然と、その状況が収束していく光景を眺めることしかできなかった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「驚いたな。別動隊がいることくらいは想像していたが……」
「アルダ様には、見えたのですか?」
「まあな。一番驚いたのはシュヴァンさんだ。あの人、何者なんだ?」
「……よくわからないんです。仲間内では、姫様の傍に長く仕えていることくらいで」
アルダは収束していく光景を、ミリィと共に見つめていた。そんな中、ソフィアが手を叩く。
パンッ! パンッ!
「皆様、脅威は去りました。宴を続けましょう?」
ソフィアの声に、人々は歓声を上げて舞踏会の続きを始めた。シュヴァンの方を見ると、ウィンクで合図してくる。
どうやら、称賛を送っているように思えた。
しかし、アルダは先程の一瞬を何度も頭の中で思い返している。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
まず、男が発砲する。そこまでは周知の事実だ。
そこから目を疑った。
発砲音で踊りを中断したアルダとミリィは動きを止める。
そして、アルダは反射的にソフィアの方を見た。
しかし姫の姿は見えず、その前に立ちはだかるシュヴァンの姿が目に入る。
シュヴァンは服の内ポケットから銀色の銃を取り出した。それも二丁。
そして、鮮やかに構えた二丁の銃で、まずは右の銃が一発。
次に、左手の銃はコンマ数秒後に引き金を引かれ、銃弾を発する。
一発目が男の撃った銃弾に向かって飛んでいった。
それは男の銃弾をかするように当たり、軌道を変える。
現に、床には今までになかった銃痕が残っていて、メイドがそれを迅速に片付けていた。
では、シュヴァンの放った一発目の銃弾はその後どうなったのか?
あの瞬間、男の後ろに構えていたセアリアがテーブル上のスプーンを掴んで振り払い、銃弾の軌道を変えて床へと着弾させた。
その恐ろしくも正確な処理方法には息を呑んだ。
最後に、シュヴァンのコンマ数秒遅れた左の銃弾が、男の銃を持つ右腕に的確に命中した。あれではまともに銃を握ることも出来ないだろう。
「……セアリアとは、長いのか?」
「はい。セアは私達の中で一番、戦うのが得意なんです」
「頷けるよ……」
アルダは自然と、目立っているセアリアを見ていた。
するとなぜか彼女もこちらを向き、目が合う。
そして、彼女は何食わぬ顔でこちらに近づいてきた。
「あら。久しぶりですわね」
「「はい?」」
これにはアルダとミリィも首を傾げた。
しかしセアリアは、わざとアルダに近づいてきて、恍惚な表情を浮かべてくる。
「どうです? わたくしと一曲」
「……え、いや、あの」
アルダは隣のミリィを見て、思いついた言葉を絞り出した。
「すみません。妻と、他の女性とは躍らないと約束しているもので」
「アルダ様……!」
「あら、でもそれは約束でしょう? そんなもの、いくらでも破れますのよ?」
セアリアは、胸を誇張するように前屈みになる。
アルダは不意に目を逸らした。
ふと、シュヴァンと目が合う。彼は親指を立ててサインを送ってきた。
ちなみに、このサインは作戦成功の合図として伝えられていた。後の舞踏会を楽しんで良いというシュヴァンからの心配りだ。
「……あなた、私と踊りましょう?」
「え? み、ミリィ?」
「いえ、わたくしです。奥様には引っ込んでいただけます?」
「そういうわけには、いきませんっっ!」
アルダは、二人に挟まれてどうしたらいいかわからず、それ以降の記憶は薄い。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「シュヴァン、先程は……」
騒ぎが収束した宴の席にて、ソフィアは小声で訊ねた。
するといつもとは少し違う、怒気を帯びたような執事の声が返ってくる。
「おそらく、国王様の仕向けた輩でしょう」
「……お父様が」
「先程、会場の入口にてその姿を確認しましたので、間違いありません」
「お父様は、この舞踏会を品が無いと言って認められておりませんものね」
しかし、ソフィアはこの舞踏会が好きだった。
普段言葉を交わすことのない国民の声や、その顔を直に見ることが出来る。踊りに食事、楽しんでいる人々の表情が、ソフィアの楽しみだからだ。
「ソフィア様、今は舞踏会を楽しんではどうですか? それに、今夜は素敵な協力者達もいることですし、いつも以上に楽しいのでは?」
「……そうですね」
アルダ達が何やら言い争っているのを見て、隣のシュヴァンはからかう様に合図を送る。