第一章19 『三人のメイド』
「き、緊張しますね」
「あ、ああ」
アルダとルシェは城の手前までやってきて、心拍数が上がった。
今日は待ちに待った舞踏会の日だ。
しかし舞踏会に参加するだけならまだしも、一国の姫を護衛するという重大な仕事となれば、自然と足もすくみ、喉も乾く。
「あの、もしも姫様に何かあったら?」
「極刑、かもな」
「……わ、私、帰ってもいいですか?」
「帰るってどこに? 村まで一人で帰れるのか? 俺は送らないぞ」
「それは……無理です」
「じゃ、覚悟を決めるんだ」
「うぅ、人見知りの人間が舞踏会なんて、無理ですよぉ!」
「張り切って引き受けたのはルシェだろ! それに――」
「お二人共、既にいらっしゃっていたのですね」
「「うわあぁぁぁあああっっ!」」
突然後ろから湧いてきた声に振り向き、二人は仲良く飛びのいた。
「おやおや、驚かせてしまいましたか?」
「い、いえ、えぇと……はい」
「失礼しました」
シュヴァンは整った所作でお辞儀をしてくる。二人は意味もなく儀礼的に返した。
「では、行きましょうか」
「行くって、どこですか?」
ルシェが訊ねると、またしても微笑んだ執事がこちらを向く。
「舞踏会のためのドレスアップです」
「成程。確かに、この恰好じゃ浮きますね」
アルダは黒のコートに、荷物を入れた小さな袋を肩にかけている。加えて腰に剣をかけ、髪はお世辞にも整っているとは言い難い。靴も少し汚かった。
ルシェも同様に、旅に出た時から着ていた白地の服が汚れていた。帽子を被り、ナップザックを肩にかける。ブロンドは綺麗だが、それでも舞踏会向きの格好ではない。
「お二人にはまず、入浴してもらうことにしましょう。衣服はこちらで洗っておきます。それと、替えの服を用意しておきますので、舞踏会の後はそれを着てください」
「「……すみません」」
「いえいえ。お二人は大切な御客人ですから。では行きましょう」
シュヴァンについていき、二人は入城した。
綺麗な城の内部には所々に肖像画や像が飾ってあり、床には赤の絨毯が廊下の隅々に伸びていた。二人は浴場へと連れていかれ、別々に入場させられる。
「あの、これは?」
浴場へと辿り着くと、着替えの個室には数人の女性が並んでいた。
「わたくしの部下にあたるメイド隊です。みなさん、後は頼みます」
「「「はいっ!」」」
ハツラツとした声で応答し、三人の女性はアルダに迫ってきた。
「な、何だぁっ!?」
「私達がお世話しますから、ご安心ください」
「あぁ、若い殿方を世話するなんて、メイドでよかったぁ。うふふ」
「お兄ちゃんの身体、洗ってあげるね! 隅から隅まで任せて!」
三人が代わる代わる喋りながら、アルダはもみくちゃにされた。
服を脱がされ、その後は広い大理石の浴場に連行される。
そこで頼んでもいないのに身体を洗われ、アルダは終始耳を赤くして抵抗するが、それも空しく、常に入浴の主導権は彼女たちに握られた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「ぜぇ、ぜぇ……人生で一番恥ずかしかった気がする」
生まれてこの方、誰かと一緒に入浴することはなかったから余計に恥ずかしかった。
「完了です。あ、私は『ミリィ』と言います。よろしくお願いします」
「意外と筋肉質ですのね……ふふ。わたくしは『セアリア』と申しますわ」
「お兄ちゃんの背中、すっごく大きいから洗うの大変だったよぉ。あ、テトラは『テトラ』。よろしくね~~」
今度は代わる代わる自己紹介してきた。
服を着せられ、ようやく正気に戻ったアルダは、彼女達に訊ねる。
「三人とも、この城で勤めてるんですか?」
「はい。そうです」
「もぅ、敬語なんていらないですよぉ。私達、あんな仲じゃないですかぁ」
「そうだよ、お兄ちゃん」
ツインテールのしっかりしたのがミリィ。
スタイルが良く髪を伸ばした大人っぽいのがセアリア。
小さくて子供のような口調で、リボンをつけているのがテトラ。
そう覚えることにした。
「では、舞踏会で」
そう言い残してメイド三人は去っていき、入れ替わりでシュヴァンが入ってくる。
「おや? 疲れていますね?」
「色んな意味で……」
「そうですか。では、次はドレスアップに行きましょう。ルシェさんは先に行かれましたよ」
向かう途中の廊下で、アルダは聞いておきたいことを訊いてみる。
「シュヴァンさんも、メイドさん達に洗ってもらうんですか?」
「まさか。わたくしは個別に入浴していますから」
「……」
「そういえば、ルシェさんにも同じことを質問されましたね。お二人は本当に仲がよろしくて羨ましい限りです」
シュヴァンの笑顔に他意を覚えたのは、これが初めてだった。
仕方なく、アルダは彼についていくことしかできなかった。




