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セスタファンタジア―六つ星の幻奏―  作者: 新増レン
第一章 「世界を変える一歩」
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第一章1  『旅人と羊飼い』

 


 広大な大地は「ロンダート大陸」の特徴でもある。

 そこは果てしない一本の砂利道で、周囲は緑が広がっているだけの素朴な景観。

 この大陸では徒歩で移動する者は少なく、大抵は馬車を利用するか、馬を持っている者は馬に乗って移動するのが主流の移動手段だった。


「ぜぇ、ぜぇ……」


 しかし、この男「アルダ=メンシア」は馬車を使うことなく、額に汗を流しながら太陽の下を歩んでいた。

 理由は金貨の無駄遣いを防ぐためだ。


 レイディアでは金貨が全世界共通の貨幣と制定されている。

 馬車の利用は遠くて金貨十枚程度で済むが、もちろん金貨は湧いてこない。手に入れるには仕事をする必要がある。

 仕事にも、色々な選択肢がある。

 まずは商業団体に加入して専門の職業に就くこと。これは十五歳以上なら誰でも可能だが、職種によって試験を課すものや七か国連盟で発行されている資格を持っていなければならないもの、男女指定があるものなど様々だ。


 この世界の商業は大きく分けて五つ。


 酪農、漁業、栽培、工業、サービス。


 こういった商売を行う団体に所属し、そこで仕事をもらうのが極一般的。

 ちなみに商業団体には、世界中の団体をまとめるリーダー組織があり、その組織が小規模の団体を管理している。


 他の仕事を挙げると、傭兵や騎士などがある。それぞれ方法は違えども、商業団体とはまったく違うわけだが、金貨を稼ぐには 申し分ない。


「はぁ、はぁ……」


 この男アルダも、かつては傭兵になろうかと思った時期があったが、今はただの放浪者だった。

 仕事はまだある。

 王宮の仕事をするもよし、学会に属して子供達に勉強を教えるのもよしと、様々だ。


 しかし、彼のように無職の者にも稼ぎ口がないというわけではない。

 街の人々が寄せ集めた依頼掲示板の依頼をやり遂げ、報酬をもらうのが唯一の収入源だ。

 これは、どんな人にでもできるパートタイムジョブとして一般的に認識されている。


「この辺りに、集落があるといいんだが……」


 辺りを見渡して、アルダは汗を拭う。

 そしてようやく、前方は彼方に小さな集落が見えてきた。


「あった……。今日はあそこで休息をとろう」


 アルダはそこを目指して、歩みを再開する。



 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 数十分歩き、ようやく先程見つけた村に辿り着いた。

 入口にあった木製のゲートをくぐると、村の中はゆったりとした雰囲気が漂っていて、まるでここだけ時間の流れが遅いような感覚になる。


「まずは宿だ。……しかし、意外と広いな」


 村は遠くから見ると小規模に思えたが、こうして来てみると規模は大きいものだった。


 集落というものは全世界に点在しており、大陸の自治権を握る国王により統治されているが、学園や商業などの連盟機関は存在しない。

 不便だと感じる者も少なくはないが、同じような集落出身のアルダにとって、この雰囲気は格別だ。

 それに、村では今も人々がせっせと働いており、ある程度の活気は感じられる。


「えぇと……宿、どこだ?」


 キョロキョロと見渡しながら歩いてみても、まったくそれらしい建物はなかった。

 あるのは住居のような建物と、柵で囲われた小規模の牧場や厩舎。それに簡素な市場のみ。


「…………」


「あの!」


「……!?」


 宿が見つからず途方に暮れている中、後ろから唐突に、か細い声がかけられた。


「えと、あの、お、お困りですか?」


 声に振り返ると、白色の衣に身を包み、角の飾りがついた羊毛の帽子を頭に乗せた、この村の娘と思わしき女の子が立っており、恐る恐るという様子でアルダを見ている。

 どこかアルダと歳が近い気がして、かけられた声に応えるのは容易だった。


「この村に、宿泊施設ってあるかな?」


「宿泊施設、ですか?」


 すると少女はどこか困惑した表情を浮かべ、言い辛そうに口をもごもごと動かしている。


「あの、ですね。この村にそう言った施設は、なくて」


「え……?」


 その言葉に、アルダは絶句した。

 陽が傾きかけている時間に、この徒労感と足の痛みは、いくらタフな彼でもきつい仕打ちに変わりなかった。


「そ、そうか」


「あの、どうするんですか? 旅の御方、ですよね?」


「近くの町を目指すよ。半日ほど歩けば山の向こうに着くだろうから」


 この村は山に囲まれた大地の上にある。

 近くにも集落はありそうだが同じく希望は薄い。それならば気が遠くなるが、山道を抜けようとアルダは判断した。


「教えてくれてありがとう。助かったよ」


 言葉を残して、二度と会うことはないであろう彼女に背を向けると、一歩目を踏み出す瞬間、背中に違和感を覚える。

 振り向くと、小さな白い手に服がきゅっと摘ままれていた。


「な、なにかな」


「よければ、私の家に泊まりませんか? もう夕暮れ時ですし、危険です」


「は?」


 彼女の言葉は信じ難かった。

 しかし、澄んだ青い瞳に嘘偽りは連想できない。


「本気? 俺、見ず知らずの浮浪者だけど」


「私、困っている人を見過ごすなんて、出来ません」


「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


「は、はい! こっちです」


 そう言って、彼女は村の中を案内しながら先頭を歩く。歩く度に綺麗なブロンドが揺れ、アルダの目を奪っていた。


「この村、静かでいい雰囲気だな」


「はい……。酪農や栽培がこの村での生計を立てています。格言う私も、幼少の頃こちらに来てからは、叔父や叔母の手伝い、と言いますか、羊飼いの仕事を任されているんです」


「学園には、通わないのか?」


「通っていません。学園がある町は山の向こうですし、寮生活をしてまで勉学に励もうとは思わなかったので……」


 レイディアでは五歳から十五歳まで、学園での教育を無償で受けることができる。年齢を確認できる書類と本人の意思さえあれば、学び舎の門戸を叩くことができ、色々な職業の知識を身に着けることが可能だ。

 アルダも十五歳までは学園に通っていた。

 遠い、とまではいかないが、三十分ほど歩いた先にある小さな町で勉強していた。

 ふと、昔なじみの友達の顔を思い浮かべ、何をしているのか気になった。


「あの」


「あ、ああ」


「ここが、私が叔父や叔母と一緒に暮らしている家です」


「へぇ、大きいなぁ」


 先程まで通り過ぎてきた家々とは違い、ここだけは風格に満ちている。


「私の叔父は、ここの村長を務めているんです」


「なるほど……」


 合点がいった。

 村長となれば、この大陸を治めている「プリンキア王国」の国家役員だ。


 この世界では、このような統治方法をとっている村や町がある。

 王都と呼ばれる王国の首都は首都で、町は町で、村は村で、その地域にあった治世を実現するべく、その村や町の人達で選出した代表者が国王から特許権を授かれば、村や町は王国の保護下で独立ができるのだ。

 しかし一般的な認識として、村や町を単体で独立させて維持するのは困難とされていた。

 彼女の叔父は、その村長ということらしい。


「そんなすごい人の家に泊めてもらっていいのか?」


「大丈夫ですよ。私がきちんと説明します」


 どこかやる気に満ちた言葉だが、アルダは心配が募るばかりだった。

 そんな心配を余所に、彼女は家の扉を開き、「どうぞ」と中に入るよう促してくる。

 アルダは導かれるまま家の中に入った。

 自分の住んでいた家と同じような構造で、唯一の違いは二階への階段があること。しかし天井は吹き抜けとなっていて閉塞感は無い。


「部屋は二階です。ど、どうぞ」


「あ、ああ」


 案内されて階段を上った先には、廊下が伸びていて、その脇に扉が三つある。


「手前が私の部屋で、奥の二つは使っていません。でも、お客さん用の部屋になっていて宿泊に不便はないと思います」


「部屋、本当に良いのか?」


 確認するように訊ねた。

 すると彼女は、あどけない顔でやんわりと微笑む。


「はい。もちろんです。困った時はお互いさま、ですよね」


「……ありがとう。心から感謝するよ」


「……!」


「あのまま一人で立ちすくんでいたら、何もできなかった。ありがとう」


「わ、わわ私は、ちょっと叔父と叔母に話してきますのでっ! そ、その、ごゆっくり!」


 そう言い残してすぐに階段を駆け下りようとしたので、アルダは咄嗟に訊ねる。


「あのさ!」


「……!」


「名前、まだ名乗ってないよな。俺は『アルダ=メンシア』」


「アルダ……さん」


「よかったら名前、教えてくれないか?」



「私は、ルシェです。『ルシェ=フロランナ』……。そ、その、失礼します!」



「あっ」


 それだけを告げ、階段を下りて行ってしまう。

 二階から見下ろすと、彼女は扉を開けて外へと飛び出して行ってしまった。


「行っちゃったか……さて」


 アルダはルシェの部屋の隣を選ぼうとしたが、さすがに配慮して奥の部屋に入る。

 そこは、まるで誰かが住んでいそうなくらい綺麗な一室だった。


「ふぅ、よっせ……はぁ」


 棒のような足を伸ばそうとベッドに横になると、少しだけ外の景色を見ながら、目を瞑った。

 意識は闇の中にすぐ溶けていった。








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