第一章16 『執事には、お見通し』
「シュヴァン、なんて言ったの?」
冷え込んできたので自室へと戻ったソフィアは、ドレスを持ってきた執事にそう聞き返す。
帰ってきて早々に、彼は信じられないことを口にした。
「旅をしているという御二方に、姫様の護衛を頼みました。承諾していただいた旨をお話ししたつもりですが」
「な、なにを考えてるのっ!? そんなのお父様が許すはず――」
「ですから、一般客に混ざって護衛してもらいます。それでもいけませんか?」
肯定否定の問題ではない。
その理由が不明で仕方がなかった。
「一体、どうしてそのような……」
「姫様は、他の国々に興味を持たれておいででしたよね。異国の方との交流は、何か得られるものがあるのではございませんか? それも、彼らとなら話しやすいでしょうし」
「何故、そのように決めつけられるのですか?」
「彼らは、わたくしの見立てでは姫様とあまり年齢差がありません。倍以上に歳の差があるような商人達から話を聞くよりは、姫様にとっても都合がいいと思いまして」
シュヴァンはそう言って意味ありげに笑みを浮かべた。
ソフィアにとって、確かに好条件である。
行商人や貴族に他の国のことを訊けば、あらぬ誤解を生む可能性も考えられるし、第一、利益を欲するような輩との会話は苦手分野でもある。彼らの下心満載の作り笑いは、見ているだけで気持ち悪くなるからだ。
「……どうしてですか?」
「?」
ソフィアは、確かに同年代との交流がしたいし、その方が気楽である。
だが、どうしてシュヴァンがそこまで理解してくれているのかが、不思議だった。
「私は、そんなお願いをしたつもりはありません。それなのに、あなたは――」
「わたくしは姫様の執事ですから、これくらいは当然です。明日は会食会もあるのですし、お早目にご就寝なさってください。それでは」
「――! まだ話は!」
引き止める声に応えることなく、執事は扉の向こうへと姿を消した。
「……」
もしかしたら、シュヴァンは両親よりもソフィアのことを理解しているのかもしれない。
ソフィアが望まぬ婚約をさせられることに対して、彼はどんな思いなのだろうか。
それだけが、少し気になった。