第一章12 『過ちの約束』
時はアルダが村を旅立とうとした日の朝に遡る――。
「どうしても、行くの?」
「まあな。しばらくは帰ってこないと思う」
アルダは旅支度をしながらナインにそう告げた。
声がしなくなり、鞄から顔を上げようとすると、後ろから温もりが重なる。
「――!」
「アル……あたし、アルのことが好きなの。どうしようもないくらい好きで好きで好きで、家業をほったらかしにしてもいいと思ってる。一緒に居たい。ついていきたい!」
「ナイン……」
アルダはこの時、振り返ることができなかった。
背中に顔を埋める親友の声は、聞いたことがないくらいに震えていて、「断られたらどうしよう」という気持ちまでもが、ひしひしと伝ってくる。
「……」
アルダは頷きかけた。
この村に来てからずっと一緒にいた気がする彼女のことは、正直に言えば好きだ。
しかし、それは異性としての好意なのかどうか、判別できない。
ここで頷けば、ナインの未来を奪い、彼女の家からも一生恨まれることになるかもしれない。
――だから、アルダは抱き付く彼女の腕を強引に解き、逃げの一手を打つ。
「アル? 返事、聞かせてよ」
「俺はお前のことが好きだけど、異性としては見られない。俺達は友達だろ」
「そ、それは、あたしに魅力がないってことかな? ね、そういうこと? そうだよね?」
「……」
「じゃ、じゃあ大人になったらいいの!? あたしのこと、女として見てくれるの?」
「……ああ」
とうとう耐え切れなくなって、頷いてしまった。
今でも彼女の女性としての魅力は十分だ。容姿は学園でも人気があったし、体つきも年々女性らしくなっている。
だから、間違って頷いてしまった。
これが誤った判断だと気付くのは、頷いた後だった。
「なら約束。あたし達が二十歳になったら結婚しようね。ずっと、一緒に居ようね」
「…………っ」
その約束を承諾した時の気持ちは複雑で、しかし容易に断ることは出来なかった。
まだ幼くて、頭が回らなくて、彼女の泣き顔を見たくなかった。
けれども、その後の彼女のほころんだ顔を、一生脳裏に焼き付けることになる。