第一章11 『ルシェ、反論する』
ルシェは村の雰囲気に慣れ、村の人々とも少しずつ話せるようになっていた。
しかし、気になることが一つだけある。
いつまでここに滞在しているのか。ということだが、アルダには訊けなかった。
「ルシェ、考え事?」
すっかり仲良くなって家に遊びに来ていたナインに心境を見透かされた。
「わかりました?」
「勿論よ。そんな難しい顔してたらね。――で、何を考えてたの?」
「アルダさん、いつまでこの村にいるのかなって」
「あぁ。もう二週間だっけ?」
「はい」
「……アルは、まだ決められないみたいね」
「決めるって、何をですか?」
「こないだ言ってたんだけど、旅を続ける理由を探してるみたいなの」
「え……」
ナインの言葉に、ルシェは驚いた。
(そんなの、聞いてません……)
「あたしとしては、このまま村に留まって、騎士試験でも受けてくれればいいんだけど」
「…………やです」
「え?」
ルシェに浮かんだのは、ナインとはまったく別の考えだった。
「私は、旅を続けてほしいです」
「……ルシェ?」
「だって、あんなに楽しそうに話してくれたんです! 二年間、どんな所に行ったことがあるとか、こんなことがあったとか、すごく楽しそうでした。だから――」
「あのね、ルシェ。この世界には、楽しいだけじゃいけないことがたくさんあるのよ」
「……!」
ナインの表情は真剣そのもので、今までに前例がないものだった。
「旅を続けることは、アルにとって逃げの一手でしかないの。いつまでも逃げ続けていたら、本当の目的も、夢も、未来も、何もかもを見失うのよ。そうなってからじゃ、遅いわよ」
「……」
ルシェは、その言葉に頷けない。
そうしてしまえば、これまで叔父や叔母の手伝いをしてきた自分を、自分自身で否定してしまうようだったから。
少なくとも、旅をする前のルシェは人と話すことも苦手で、夢を抱いたことはなかった。
けど今は違う。
アルダに同行して世界のほんの一部を見た。それだけで感動できた。
あの感情は、ルシェにとっては初めてのもので、今まで目的らしい目的をもって生きてこなかった自分が、ようやく何かを見つけるきっかけを見出せた気がした。
それは全て、アルダのおかげだと思っている。
「見失うはずありません!」
「ルシェ?」
「アルダさんなら見つけられるって、私は信じます。アルダさんにしかできないことを、絶対に見つけられます! いつか、必ず……!」
「それは、旅を続ければそうなるってこと?」
「はい……!」
ルシェの自信に満ち溢れた言葉と表情に、ナインは少し眉をひそめる。
「どうして、そんな風に――。……何でもないわ」
「?」
ルシェはナインが言いかけた言葉も気になったが、今の気持ちをアルダに伝えるために、すぐにでも説得に行くつもりになっていた。
「私、ちょっと――」
そう言って玄関に向かおうとすると、扉は一足先に開き、アルダが帰ってくる。
「アルダさん、あの――」
「明日出発だ」
「「え?」」
「ルシェも、そのことを訊きたかったんだろ? 決めたよ。俺はまだ、この旅を続けなくちゃいけない。どこかでそんな気がするんだ」
アルダの言葉に、ルシェは驚きを隠せない。
そんな中、ナインが口を開いた。
「アル! どうしていつも、そうやって勝手に決めて、勝手に勝手に勝手に……!」
「そりゃあ勝手だ。これは、俺達の旅だからな」
「……じゃあ、あたしは関係ないっていうの? 幼馴染でしょ? 親友だよね?」
「友達でも、旅の仲間じゃない。だからお前には関係ないだろ」
「あ、アルダさん……?」
いつもより刺々しい言葉に、ルシェも戸惑いを隠せない。
「…………!」
ガタッ!!
ナインは無言のまま立ち上がり、アルダの脇を抜けて飛び出していった。
「……いいんですか?」
「実はな、この村に来ても、あいつに会うつもりはなかったんだ」
「それって……」
「この村を発つ時、喧嘩別れみたいになったから、本当は顔も合わせにくかったんだよ」
「じゃあ、なおさら話さないと駄目ですよ!」
「あいつは二年前、俺の旅に同行するって言っていたんだ」
「え……」
そのことは初耳だった。
ルシェも当人から聞いたことがない。
「でも、あいつには継がなきゃいけない占い師の仕事があった。だからあの時も、俺は冷たく突き放すしかなかった。俺の我儘で、あいつの未来を奪うことは出来ないから」
「それで、いまも?」
「まあ、な。でも、明日に出発するっていうのは本当だ。それに、今回はうまくいった」
「どういうことですか? 二年前は駄目だったんですか?」
「喧嘩別れになったって言っただろ。……実は旅立つ際、俺はあいつに告白されたんだ」
「こく、はく……」
「ルシェには話しておくよ。俺とあいつのこと」
アルダは当時の状況を語り始めた。