第一章9 『モウシン系幼馴染』
定期船が到着したのは朝の四時。
港町には靄がかかっていて、少し肌寒かった。
「ここから、何分ですか?」
「歩いて二時間はかかるな。どうする? 少し休んでから出発するか?」
「お、おねがいします」
二人は港町の飲食店に入り、ひとまず朝食を食べることにした。
ちなみに約十五時間の船旅は、アルダに言わせてみれば短い方だった。
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朝食を食べ終え、二人はすぐに町を出る。
「……」
ここは既に別大陸シルバーヘント。しかし、ルシェはどこか違和感を覚えていた。
「あの、アルダさん」
「ん? どうした、疲れたか?」
「いえ、そうではなくて……。ここって別の大陸なんですよね?」
「うん」
「でも、私の住んでいた所と、それほど変わりないですよ?」
ルシェの言葉に、アルダは「ああ」と言って少し笑う。
「私、何か変なことを……?」
「いや、そんなことはない。確かにこのミレージュ王国は、プリンキア王国とは全く区別がつかないかもしれないな。何せ大陸の気候が全く同じだし、植生もほぼ一緒なんだ」
「じゃあ――」
「ここは貿易王国ヘブンベルに並ぶ、第二の商業国。特に、大きな町に行けばわかるよ。貿易とは違って、この王国にはリゾート施設や娯楽施設が多いから、ほとんどの観光客は首都に引き寄せられるんだ」
「へぇ……!」
ルシェは聴いても全く想像がつかなかった。しかし、夢のような場所であることはわかった。
「だから、異国って気はしないだろうな。他の場所は、プリンキアとそれほど変わらないよ」
「成程……」
アルダの説明に納得し、ルシェはまた歩き始めた。
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二時間後――。
ようやく目的地へと着くと、アルダは少し緊張していた。
目の前にあるのは少し寂しい雰囲気の村。アルダにとっては見慣れた懐かしい空気の漂う場所だった。
「アルダさん、ここですか?」
「ああ。行くぞ」
「はい」
深呼吸して村の門をくぐる。
(遂にエルメスへと戻ってきたんだな……)
アルダは一人で感慨に耽っていると直後、家から出て掃除をしていた農夫に声をかけられた。
「あんれ? ひょっとしてアルくんかい?」
声をかけてきたの人物はアルダの見知った顔だ。
「あ、えぇ。まあ……一応」
「これはニュースだ! お~い! アルくんが二年ぶりに帰ってきたぞぉ~!」
「ちょっと、おじさん!」
止めることも出来ず、農夫の声を聞いた住民達は次から次へとやってきて、矢継ぎ早に元気かどうか尋ねてきた。
「俺は、大丈夫だからっ! みんな戻って作業しなよ!」
「そ、そうかい? 今回は何日間だい?」
「ま、まだ目途は立ってないから、しばらく」
「おお、そうか! これならナインちゃんも喜ぶなぁ!」
「あ、あはは」
村人から解放され、二人はまだゲートをくぐって二、三歩の所にいた。
「アルダさん、人気者ですね」
「まあ、村で若い連中っていったら限られてたからな。昔から孫みたいに可愛がられてたんだ」
「なんか、そういうの共感できます。……ところで、さっきの『ナインちゃん』というのは、お友達のことですか?」
「……まあな。とりあえず俺の家に行くか」
「はいっ」
二人はようやく、村の中へと入った。
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「……ここがアルダさんの」
ルシェの村と雰囲気こそは違うものの、空気は同様のものを感じる。村のなかには藁で作られた家やレンガで作られた家などがあり、牧歌的でのどかな村だ。
「ここが俺の家だ」
少し歩いた先にあったアルダの家は、ルシェの家と同じく木で造られていたが、一階建ての小さな家だった。
「中は狭いけど、一応寝床は二つあるから」
「おじゃまします……わぁ」
家に入るなり、ルシェは声をあげる。
入ってすぐに居間があり、木製のテーブルと、チェアが置かれていた。ベッドは奥の部屋の壁際に二つ、離れて並んでいる。
二部屋にお風呂場やトイレがついた小さな間取りだった。
「そんなに感動するもんじゃないだろ」
「い、いえ! 他の人の家って、なんか新鮮で……」
「そんなもんかね。まあとりあえず、奥の部屋に荷物を置いてくれ。初めての長旅で疲れただろうし、自分の家の様にくつろいでくれ」
「はい。でも、これからどこかへ行く予定とかはないんですか?」
「ないよ。さてと、疲れたから少し寝ようかな……ふわぁ」
「ふ、不健康です! まだお昼ですよ?!」
そう言って、ルシェがアルダに詰め寄る。
しかし、そんな彼女も歩いている途中で疲れた表情を浮かべていた。
昨日の睡眠時間はおよそ三時間。さすがに辛い。
けれどルシェは村を歩きたかった。
そしてその感情が顔に出ていたのか、アルダはため息混じりに頷く。
「……はぁ。わかった。けど、夜は早く寝るぞ。船の中じゃほとんど寝られなかったんだから」
「はい。そ、それじゃあ! 村を案内してくれませんか? 私、うずうずしちゃって」
「何もない、小さな村だけどな」
二人はとりあえず荷物を置き、村を散策することにした。
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「ここら辺も、二年前と変わってないな」
アルダ達がやってきたのは、観光スポットとは程遠い村の広場だった。
円形になっている広場は広さだけの何もない場所。あるとすれば広場の中央、石で囲まれたその場所に、昔からずっと佇んでいる石像だけだ。
「この本をもった男の人の石像は、なんですか?」
遠くからでも目立っていたそれを、ルシェは近くまで来て見上げながら訊ねる。全長何メートルあるのかは、アルダにもわからない。
「これは村の守り神だそうだ。名前がないから、俺は名無しの神様って呼んでいたけど、ご利益があったことは一度もないな」
「名無しの神様……。そんな習わしがあるんですか?」
「違うよ。ただ、村ができた頃には既にあったって話だけど、どんな目的で造られたのかは不明なんだ」
「へぇ~~」
ルシェは石像を見上げた。何処までも興味が尽きない彼女の様子に、アルダも、見ていて微笑ましくなってくる。
そんな時、アルダは遠くに何かを聞いた気がした。
「……? ルシェ、何か言ったか?」
「ふえ? なんのことですか?」
「おかしいな。確かに何か――」
首をひねっていると、今度は確実に聞こえた。
「アぁぁぁあルぅぅううううう!」
「「――!?」」
ルシェにも聞こえたようで、同時に声の方向を見た。
すると、何かがこちらに向かって突進してくるのが視界に映る。
「あ、ああアルダさんっ! なんですかアレ!」
「俺にもわからない! こ、こっちに来るぞぉっ!」
ダダダダダダダダッッッ!!!!
「「うわああああああああああああ!!!!」」
逃亡を図ろうにも、既に遅かった。
それはあっという間に目の前まで走ってきて…………なんと、手前で突進を止める。
「……うぅ」
ルシェは咄嗟にアルダの背中に隠れた。
ここでようやく、彼女が人見知りだったことを思い出す。
アルダとは普通に話せるようになったが、他人に対しては別だった。
しかも、今回は紫のローブに身を包んだ物体ときたものだ。無理もない。
「な、なんだ、お前。俺達に用か?」
「……帰ってきたんなら」
バサッ!
「「え?」」
驚いたのは、声が聴こえたからではない。そのローブを脱ぎ、正体を見せたからだ。
長い茶髪を揺らし、見覚えのある髪飾りをつけている彼女は、アルダの知っている人物だ。
「な、『ナイン』……!」
「ナインって、さっき言ってた人ですか?」
ルシェの問いに頷いて応えると、目の前の女はようやくアルダに話しかけてくる。
「『アル』……」
それは、アルダのあだ名だった。
この村に移住してきた頃から彼女とは仲が良く、今も彼女は、そのあだ名で呼んでくる。
「ひ、久し振り」
「帰ってきたら、いの一番であたしの所に顔見せに来るのが幼馴染ってもんでしょ!?」
彼女の第一声は、そんな大声だった。
そんな中、事情を把握できていないルシェがアルダに訊ねてくる。
「あの、アルダさん。紹介してもらえますか?」
「あ、ああ」
あまりの急展開に気が動転していたアルダは、幼馴染のことを旅仲間に紹介することに。
「こいつは、幼馴染の『ナイン=マーガレット』。見た通りの無茶苦茶な女だ」
「ちょっとアルっ! その紹介はないんじゃないのっ!?」
アルダよりも少しばかり背の低いナインは、アルダに詰め寄る様に抗議してくる。顔を近づけ、不満な顔をガンガン見せつけてきた。
「じゃあ、どうすればいいんだ? 不審者とでも紹介すればよかったか?」
「誰が不審者よ!」
「その恰好は不審者だろ! どうしてそんな暑っ苦しくて不気味な服を着てるんだよ」
「これはあたしの仕事着よ!」
「そうか……占い師、継げたんだな」
「意外そうな顔ね」
ナインの家系は、代々占いの技術を受け継いでいる。
その何十代目かにあたるナインもまた、その手の素質がある様で、占い機関に所属して正式な占い師になっていたようだ。
「アルのこと、占ってあげよっか? あなたは明日、派手に転びます。絶対に」
「どんな占いだよ、それは……」
「ふふっ」
「「?」」
二人で話し合っていると、第三者の笑い声に振り返った。
「お二人は、仲がいいんですね」
「俺とこいつが? なんで!」
「あたしと仲が良かったら不服なわけ!? はっきり言いなさいよ!」
「いや、そういうわけじゃ――」
「ふん! それはそうと、自己紹介が遅れたわね。あたしは――」
「――は? さっき俺が代弁しただろ」
「あんなの勝手な紹介でしょ? まったくと言っていい程に、あたしらしくないわ」
「……ああ、そうかい」
ナインは一歩前に出て、ルシェにお辞儀する。それに反応し、彼女も返した。
「あたしは『ナイン=マーガレット』。ナインでいいわ。よろしくね。えっと……」
「わ、私はルシェ=フロランナです。アルダさんの旅に同行させてもらっています。よろしくお願いします」
ピシィィッ!
ルシェの解答に、ナインは固まった。
「あれ?」
「アル……」
「――!? な、なんだよ。その恐ろしい顔は! 普段よりも怖いぞ!」
「あんたねぇ、こんな小さい子と旅してんのっ?! もしかして、誘拐したんじゃないでしょうね!」
「勘違いするな! ルシェは俺の一つ下だ! それに、一緒に旅してるだけだ!」
「え……」
ナインは再びルシェを見た。アルダも釣られてそちらを見る。
ルシェは、俯き様に震えていた。
「私、お子様体型ですから、仕方ないですよね……いいんです。出るべきところもそんなに出てないし、ちょっと膨らんだかなと思ったら成長は止まるし、背丈だって……」
「あ、あの」
「あ~あ、ナインはひどい奴だなぁ。年下の女の子を泣かせるなんて、血も涙もない」
「くっ……!」
ナインはどうしたらいいのかわからず、しどろもどろになっており、一方のルシェは本気で落ち込んでいる様子で、自分の身体をペタペタと触っては、重い溜息をついていた。
「……はぁ」
アルダは長旅の疲れが、より一層圧し掛かった気がした。