第三話 ア○とキリ○リス 起
ここはIT株式会社。
ある春の日、アリさんとキリギリスさんが入社して、アリさんはSE室、キリギリスさんは営業部に配属になりました。
キリギリスさんは取引先様から新規開拓の為の営業に精を出し、アリさんは毎日毎日、SE室に閉じこもって、お取引先様の案件やキリギリスさんが新規に獲得したお仕事に精を出しておりました。
こうしてアリさんとキリギリスさんの働きによって会社は大きくなり、アリさんは主任へと、キリギリスさんも営業部になくてはならない人材となりました。
やがて、従業員一人一人にスマートフォンやタブレットが支給され、それによって扱う案件やデータの容量も雪だるま式に大きくなりましたが、主任となったアリさんの働きによってデーターベースは何とかギリギリに保たれていました。
ある会議の日、とうとう我慢できなくなった主任アリさんは上層部へ進言いたします。
「このままでは我が社のサーバーやデータベースがパンクしてしまいます。至急、増設の必要を上申致します!」
ですが、社長のカブトムシさんは乗り気ではありません。
「これまでまぁなんとかなっておるし、データベースについては圧縮や最適化すれば、まだ空きが出来るのではないか?」
主任アリさんはさらに進言します。
「理論上では可能ですが、圧縮、解凍するという余計に手を加えたデータは破損や消失の恐れがあります。圧縮、解凍の為の負荷やリソースも馬鹿には出来ません。このままではお取引先様のスケジュールすら圧迫してしまいます! せめてバックアップの為のデータベースの増設だけでもお願いします!」
専務のクワガタさんも否定的です。
「そうは言っても、データベースほど金にならないモノはない。ただでさえ今の電算室もいっぱいいっぱいで、増設となると稼働、冷房の為の光熱費がウナギ登りになる。これから夏を迎えるに当たって光熱費だけで済めばいいが、エアコンの増設となったら電力会社との契約の見直しから、停電時の自家発電器やバッテリーの増設と、最早雪だるま式に経費が膨らんでしまうぞ!」
そこへ総務部長のオニヤンマさんが提案をします。
「どうでしょう。倉庫には使わなくなったノートパソコンが何十台も眠っております。これらの内蔵ハードディスクには数百GBの空き容量がありますから、それを各従業員の個人バックアップ用として使っては? そうすれば多少、データベースに空きが出来ましょう」
主任アリさんの顔色が変わります。
「あれを使うのですか? あの『尺八OS』はとっくにサポートも切れておりまして、それと同時にセキュリティー会社もサポートを終了しました。それを再び使うのは危険以外の何モノでもありません! せめて最新の『赤玉OS』にアップグレードを!」
オニヤンマさんがなだめるようにアリさんを説き伏せます。
「あれだけの数のノートパソコン分のライセンスだけでもいくらかかるかしれたモンじゃない。たかだかデータの保管庫にするのに、OSのアップデートは無用だ」
「し、しかし……」
「大丈夫、オンラインではなくネットにつながないオフラインならまだ十分使える。仕事が終わればスマートフォンやタブレットで入力したデータやファイルをUSBケーブルやメモリーカードでノートパソコンに移すだけだ。まぁ、その為に会社に帰る手間は増えるが、いたしかたない」
やがて、会社の掲示板に告知が貼られます。
各部、各課の従業員が動揺する中、
「ふざけるんじゃねぇ!」
一番憤慨したのは営業部のキリギリスさんでした。
すぐさまキリギリスさんは、主任アリさんがいるSE室へ怒鳴り込みます!
「おい! 主任アリ君! ちょっと話が……」
キリギリスさんが見たのは、何十台もの旧式ノートパソコンを休みなく設定している主任アリさん以下、部下のアリさん達でした。
パーツが壊れているのもある為、時にはノートパソコンを分解し、ニコイチにしていました。
「……なんの用だ? 僕は忙しい。話ならまたにしてくれないか」
「あ、ああ、すまなかった」
後日、キリギリスさんは営業会議で思いのすべてをぶちまけます。
古参のトノサマバッタさんやショウリョウバッタさん、後輩のコオロギさんからスズムシさんまでもがキリギリスさんを後押ししますが……。
「営業が情報部のことに口出すわけにはいかない。下手に口出すと、海外出張中のスズメバチ部長から『おまえがやれ!』と言われるだけだぞ。ただでさえ我が営業部は直帰だ接待だと、放任主義と言われているんだ。これ以上痛くない腹を探られたくはなかろう」
営業部長のカマキリさんは二つの鎌をさりげなく振りかざしながら、キリギリスさん達を黙らせました。
そして時は金曜日の夜となりました。
フラフラになった主任アリさんが会社から出て行きます。
それを見たキリギリスさんは主任アリさんを飲みに誘いました。
カウンターに座る二人。
「いつものでよろしいですか?」
蝶ネクタイをしたマスターのクマゼミさんは、二人の前にユリの蜜が入ったグラスを置きます。
「この前は怒鳴り込んですまなかったな。俺のおごりだ」
疲労困憊状態の主任アリさんは、グラスに盛り上がったユリの蜜をちびちびと舐めます。
「……謝るのはこっちだ。僕はなにも出来なかった」
「いや、きみはよくやっているよ。ウチの上層部は未だにフロッピーディスク一枚あれば、仕事が出来ると考えているからな」
「それは言い過ぎだな。少なくともキャバクラで撮った社長とクロアゲハ嬢との4K写真コレクションは、さすがにフロッピー一枚には収まらないだろう」
「ちょ! うちの社長、そんなものまで会社のデータベースにバックアップ取ってあるのかよ! その写真一枚だけで表計算ファイルいくつ分だと思っているんだ! てか、いいのか? 社長のプライバシーを覗いちゃってさ?」
「なぁに、今際の際用のとっておきさ。これぐらいの楽しみがなくちゃSEなんてやってられないからね」
二人の間に乾いた笑いが沸き起こります。
グラスを空にすると、マスターのクマゼミさんから二つのグラスが置かれます。
「あちらの御方からです」
カウンターの端では一人のお坊さんがお米で出来た般若湯を、おちょこで”ぐいっ!”と飲んでいました。