第五話 笠○ぞう 鍬(くわ)
体調が整ったおじいさんと四万手救は都へと向かいますが、紅の忍びが現れてからは鬼が出たという話を聞きません。
「どうなっておるんじゃ? あきらめてくれたんならありがたいが……」
『おそらく我らの活躍で力押しが難しいと判断し、作戦を変え、秘密裏に国衙や奉行所へ忍び込み、サーバーを乗っ取ろうとしたのだろう」
「ふむ」
『しかし、紅の忍び殿の出現が奴らにとっても予想外で、今一度、作戦を立て直しておるやもしれぬ。いずれにしろ油断は禁物だ』
「だがこちらとしても、災刃坊主様の応援が到着するまで、時間が稼げるってもんじゃな」
しかし、そんな穏やかな日も長くは続きませんでした。
『お、鬼だぁ~!』
『こ、こっちにもでたぁ!』
都のあちこちで民衆の悲鳴がわき起こります!
「四万手救よ! これは!?」
『どうやらあちこちで騒ぎを起こし、我らや守護兵を攪乱させる狙いだ!』
「とはいうものの、とりあえずしらみつぶしに鬼を退治するしかないな」
おじいさんは金色のわらじを履き、金色笠男へと変身します!
「行くぞ! 対鬼戦士、金色笠男。ここに見参じゃ!」
とりあえず一番近い鬼の出没地点へ馳せ参じますが
「そうれぇ~! 『上手投げ』だぁ~!」
”ドッスゥゥーン!”
”ウィーー!”
”ボーンッ!”
『な! こ、これは!』
「信じられん! 幼子が鬼と戦っておるじゃと!」
おじいさんが目にしたのは、刈り上げに菱形の腹かけをした男児が、鬼達と相撲を取っている光景でした。
「今度は『一本背負い』だぁ~!」
男児に投げ飛ばされた鬼達は、次々と地面に叩きつけられ、絶叫をあげながら爆発していきます。
「そらそらそらそら! どうだぁ! 俺様の『突っ張り』の味はぁ~!」
さらに男児は鬼の集団に向かって、大砲の砲弾のように目にも止まらぬ速さで張り手をお見舞いしています。
”ウィー!””ウィー!””ウィー!”
”ボーンッ!””ボーンッ!””ボーンッ!”
張り手を喰らった鬼達は次々と爆発し、さらには、のけぞった鬼の懐に入ると腰に手を回し、
「どうじゃ、俺様自慢の、熊の腰すらへし折る『さばおり』じゃ!」
”ベキィ!”
一気に鬼の腰をへし折りました。
”ウィー!”
”ボーンッ!”
しかしそこへ、巨大鬼の両手が男児に向かってきます!
「さぁ来いやぁ~! どすこ~い!」
”ガシッーーーー!”
”ズズゥーーーン!”
男児と巨大鬼が両手を合わせた瞬間! 辺りに地を震えさせる衝撃波が発生しました!
両者との間で渾身の力比べが始まります!
「ぬぅおおおぉぉぉーー!」
”ウィーーーーーーー!”
男児の体からは湯気が、巨大鬼からは漆黒の障気が沸き上がり、互いに一歩も譲りませんが、やがて
”ズズゥーンッ!”
巨大鬼の両ひざが地につきました!
”ウィ! ウィー! ウィーー!”
苦しそうに首を振る巨大鬼。
「安心しな! 一気に決めてやるからよ! フンッ!」
”ベキベキベキベキベキベキ!”
男児の体からいっそう湯気が沸き上がると、巨大鬼の体中から破壊音が響き渡ります。
『破ぁーーーー!』
”ベェキィーー!”
”ウィーーーーーーーー!”
”ドッカァァァァーーン!”
ひときわ大きい破壊音と漆黒の煙と共に、巨大鬼の体が大爆発を起こしました!
「な、なんと、巨大鬼を力任せに倒しおったぞ!」
おじいさんの声が聞こえた男児は振り返ると、無垢な笑顔を見せます。
「金色の笠……ああ、おじいさんが災刃坊主が言ってたお人か」
「ぼ、坊は何者じゃ?」
「俺の名は『キントキ』! 以前も”ぐりずりぃ”と相撲を取りに”この噺”に来たんだけど、どこにもいなくてなぁ~。仕方ないから”姉様”の歌と踊りを見て帰ったんだ。そうしたらこの前、災刃坊主が
『今度は”ぐりずりぃ”よりも、遙かに強い奴と相撲を取らせてやろう』
って言ってきてな。話半分でまた”この噺”に来たら鬼の大群が現れてな! 早速相撲を取ったら、そりゃもう楽しくて楽しくて! 『いつも酒を呑んでいる鬼』よりも、遙かに相撲の取りがいがあるぜ!」
「そ、そうか、それはなによりじゃ!」
興奮気味にとんでもないことを話すキントキに対して、おじいさんは孫に向けるような笑顔で相づちを打ちます。
「でもさ、相撲にならないほど強い奴がいると聞いてな、せっかくご自慢の”まさかり”を持ってきたんだけど、この分じゃどうやら使い道がなさそうだなぁ~」
キントキは自分の何倍もある斧を片手で持つと、まるでちくりんちゃんのライブで使う”ちくりうむ”みたいに軽々と振り回します。
そこへ気を引き締めるように、四万手救が忠告します。
『油断するでない。鬼の親玉である超破禍将軍は、先ほどの巨大鬼が赤子と思えるほどの強さだぞ!』
「本当かぁ!! こりゃ楽しみだぜ! あ、ちなみにその何とかって将軍は、見つけた方の早い者勝ちだからな! あとから来てもゆずらねぇぜ! じゃあな!」
キントキはまさかりを担ぐと、鬼のいる方角へと駆けてゆきました。
「どうやらあの坊が災刃坊主様のおっしゃってた助っ人みたいじゃな」
『ああ、実に心強い!』
逃げ惑う民衆の波に巻き込まれぬよう、おじいさんは鬼のいる場所へ向けて屋根の上を駆けていきました。
『あそこだ!』
「うむ!」
視線の先に漂う漆黒の障気と、こちらへ向かってくる鬼の軍勢。
『待てゴールデンバンブーマン! 街道の先に女の子がいるぞ!』
誰もいなくなった街道に、つばの広い赤い中折れの帽子を被り、赤い羽織物を着た女の子が、灰色の子犬を連れて一人ぽつんとたたずんでいました。
「なんじゃとぉ! すぐ助けなくては!」
ですが女の子は鬼の軍勢が迫っても微動だにせず、つぼみのような口から呪文を唱えます。
『【Tranceform into The Beowulf《王狼変化》】!』
すると、子犬の体が風船のようにどんどん膨らみ、体毛も伸び、口からは鋭い牙が生えてきました!
『Waoooooo!』
そして、地が震えるほどの遠吠えを放つと、子犬の体は長屋の倍以上の高さの巨大狼、『王狼』へと変身しました!
「し、四万手救よ! あの狼も怪人、鬼の仲間か!?」
『い、いや、鬼の瘴気は感じられぬ!』
『ウィー!』 『ウィー!』 『ウィー!』
『ウィー!』 『ウィー!』
戸惑う二人にかまわず、女の子は手にした杖を鬼の軍勢に向けると、再び呪文を唱えます。
『【Absorbing a Grandmother《○○○ちゃん吸引》!】
”ゴォォォーーー!”
王狼は口を開けると、鬼の軍勢を一気に吸い込み始めました!
『ウィ?』 『ウィ?』 『ウィ?』
『ウィ?』 『ウィ?』
走るよりも速く脚が進むと感じた下っ端鬼達は、実は目の前の巨大な狼に吸い込まれているのにようやく気がつき、体を反転させ逃げようとしますが
”グゴォォォーーー!”
『ウィーーー!』『ウィーーー!』『ウィーーー!』
『ウィーーー!』 『ウィーーー!』
やがて体が浮き、手足をジタバタさせている鬼達は、哀れ、王狼の口の中へと吸い込まれていきました。
『ウィーーーーーーー!』
巨大鬼でさえきびすを返し逃げようとしますが、
”ズボッ!”
抵抗むなしく体が浮き、王狼の口の中に脚から飛び込んでいきました。
”ング! ング! ング! ング!”
王狼はまるで蛇のように少しずつ、巨大鬼の体を飲み込んでいきます。
『ウィー…………』
巨大鬼の叫びもどんどん小さくなり、とうとう全部飲み込まれてしまいました。
”ゲップ!”
鬼をすべて飲み込んだ王狼はゲップを吐き出すと、ゆっくりと元の子犬へと戻っていきます。
「『……』」
あっけにとられるおじいさんと四万手救。
そして女の子は帽子のつばをあげると、鋭い目をおじいさんに向け、大人びた口調で叫びました。
「ちょっとそこの人! ”れでぃー”を見下ろすなんて、どういう了見かしら!」




