第五話 笠○ぞう V参
(なんでここに、こんなお人が? お侍様のような鎧とも違うし、ひょっとして異国の人か?)
と、あっけにとられるおじいさん。
男の胴体は鎧で包まれていましたが、腕や脚はこの雪の中でも丸出しで、しもやけになってもおかしくありません。
(そういえばこのわらじを作った人はたどたどしい日の本の言葉を話しておったな。ひょっとしてあの人も異国の人かも……」
そして、男の脚から胴体までも包み込もうとしていた”モノ”は、先ほどのイエネコと同じく、黒い瘴気でした。
「もし、ひょっとしてあんたもその、……鬼を”踏んだ”とか?」
おそるおそる尋ねるおじいさんに向かって、スパルタ兵は冷や汗を流しながらも笑みを浮かべます。
「おぉ! ”鬼”をご存じか! むぅっ! その金色の履き物! ひょっとして貴方はかつて四万の技で数多くの鬼から民を救い、
『十年以上前に忽然と姿を消した』
『対鬼戦士、四万手救』様では!?」
「なんかよくわからんが、とりあえずこの金のわらじを履かせてやるからのぅ。おとなしくしておれよ」
「か、かたじけない!」
おじいさんが金のわらじを履かせると
”GYAAaa!”
と、漆黒の障気から異国の言葉での叫び声が辺りに放たれました!
「こ、これは! メリケン? エゲレスの言葉かや!?」
「いや、対鬼戦士殿。古代ペ○シア語が表記できないから、仕方なくです」
スパルタ兵は白い歯を覗かせながら、おじいさんに向かって大人の事情を説明しました。
「で、でも、おまえさんは異国の人っぽいのに、日の本の言葉を話しておるが?」
「私は日の本の言葉を『入れ墨』してありますので、こうして話せるのです」
「はぁ、芝刈りのじいさんも言っておったが、こう言う時は深く詮索しない方がいいのじゃな……」
こうしてスパルタ兵の体から漆黒の障気が消え去ると同時に、その体も消え失せました。
「なんと! またか! ひょっとして成仏したのか? いや、あの人は異国の人じゃし……」
それでもと、おじいさんはその場で手を合わせてお祈りしました。
「……ふむ、一体全体どうなっておるのじゃ? 鬼だの踏むだの戦士だのと。……おっと、こうしちゃおれん!」
再びおじいさんは風呂敷を背負って家路を急ぎますが、
「コーン! 助けてコーン!」
と、おじいさんの耳に狐の鳴き声が届けられました。
「今度は狐か。おーい! どこじゃ!」
おじいさんが声のする方へと歩いて行くと、
『燃えさかるのような真っ赤な毛皮の狐』
が、イエネコやスパルタ兵と同じように、脚から体へと漆黒の障気が包み込んでいました。
「た、助けて下さいコン! じ、実は……」
「ああ、無理にしゃべるなや。どうせ鬼とやらを”踏んだ”のじゃろ? ワシに任せておけ」
おじいさんは狐の脚にも金のわらじを履かせると、
”#$&¥%~*!”
と、人とも獣ともわからぬうめき声が辺りに轟きました。
「ほうほう、いかにも鬼らしい叫びじゃな。さしずめ九尾の狐か? もうだいじょうぶじゃ。狐や、安心してよいぞ」
笑顔を見せるおじいさんに、狐の目はまん丸く見開きます。
「お、鬼に対してこの落ち着きようコン! そしてあっという間に鬼を退治なさったコン! も、もしや貴方様は!」
驚く狐の次の言葉を、おじいさんはすぐさま否定しました。
「ああ、ワシは”あんちういるすふぁいたー”とか言う輩とは違うぞ。ただの通りすがりのじじいじゃ」
「ああ、なんて慎ましい! やはり貴方様は……」
漆黒の障気が消え去った狐は金色に輝くと、そのままゆっくりと消えていきました。
「ふう、これで三人か。そういえばお地蔵様は六体いらっしゃったな。と言うことはあと三人か……」
風呂敷包みを背負ったおじいさんは、助けを呼ぶ声を聞き漏らさないよう、ゆっくりと雪を踏みしめました。
”ブオォン! ブオォン! ブオオォォオオオン!!”
これまでとは違う、人でも動物でも、ましてや妖怪変化の類でもない、空や地が震えるような爆音がおじいさんの耳どころか頭の中まで響いてきました。
「な! なんじゃ! 地鳴り? なまず様のお怒りか!? ひょっとして火山でも噴火するのか!?」
思わず耳をふさぎ辺りを見渡すと、
『四つの車輪が潰れた|鉄の馬車《N○SS○N Safari》』
が、お尻から勢いよく煙を吹き出し、雪の上を何とか進もうとあがいていました。
「もう何が現れても驚かんと思っておったが、さすがにこれは予想外じゃ。てっきり”百獣の王の獅子”かと予想したが、こうも”直球ど真ん中”な名前の物があったとはのぅ」
おじいさんは、異国の言葉で”旅行”を表す鉄の馬車に近づくと、早速四つの車輪を調べます。
「おまえさんも鬼を踏んだか? いや、車輪が黒いのは最初からか? とはいうものの、どうやってこの金のわらじを履かせたら……」
『ブォーーン ブォン ブォン ブォーーン
ブォーーン ブォン ブォーーン ブォーーン ブォーーン
ブォーーン ブォン ブォーーン ブォン
ブォン ブォーーン ブォーーン ブォーーン
ブォン ブォン ブォン ブォーーン』
鉄の馬車は体を震わせ、あるリズムで音を出しました。
「これは……芝刈りのじいさんから教えてもらった信号? たしか酢が漏れる、”漏る酢信号”じゃったな?」
鉄の馬車の”鳴き声”を、おじいさんは雪の上に点と線を書いて解読します。
「『マ・エ・ニ・オ・イ・テ』……か?」
”ブオオオォォォーーーン!”
我が意を得たりとばかり、鉄の馬車は盛大に雄叫びを上げました。
「わかったわかった。ちょっとまっちょれ」
おじいさんは四つの車輪の前に二足の金のわらじを置きます。
”ブオォン!””ブオォン!”
鉄の馬車はお尻から勢いよく煙を吹き出し、四つのわらじの上に潰れた車輪を乗せようとしますが、なかなか前に進みません。
見かねたおじいさんが馬車の後ろに立ちます。
「やれやれ世話が焼けるのう。ワシが押してやるから、わらじの上に乗りなせい。ではいくぞ! 壱! 弐の! 参!!」
”ブオオオォォォーーーン!”
「よいしょぉぉーー!」
おじいさんの助けの甲斐あって、鉄の馬車は何とかわらじの上に車輪をのせることが出来ました。
「ゴホッ! ゴホッ! まったく、たくさん煙を吐き出しおって! やれやれ、年寄りの冷や水とはこのことじゃ。よくぎっくり腰にならなかったなぁ」
”ブォン!””ブォン!””ブォン!”
金色の光に包まれた車輪はやがて元通りになり、鉄の馬車は、やがてゆっくりと消えていきました。
「なんじゃ消えおった。せっかく家まで乗せてもらおうと思ったが……まぁいいか」




