天使
街を歩いていると、お坊さんが声を掛けてきた。
「ちょっとお伺いしてよろしいですか? この近くにインターネットカフェがあると訊いたのですが、ご存じありませんか?」
僕はネットカフェの場所をお坊さんに教えた。お坊さんは丁寧におじぎをしてその場を去っていった。
数日後、お坊さんからメールが届いた。僕はメールアドレスを教えた覚えなどなかったが…。
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「この間は、ご親切に道を教えていただきありがとうございましたm(_ _)m お陰でインターネットを楽しめました。あなたは良い人です。だから本当のことを言います。私は僧侶ではありません。実は天使なんです――あの翼の生えた…。本当です。またメールします」
さらに数日経って、またメールが届いた。
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「この前メールした、天使です。あなたにメールしたのは、友達になってほしかったからです。私には友達がいません(;_;) どうやって友達をつくったらいいのかわからないのです。あなたは優しい人です。友達になって下さい」
僕はメールを返信せず、ただ放っておいた。一週間ほど経って、また突然メールが届いた。
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「こんにちは、天使です。日曜日、一緒に映画でも観ませんか? 今度は僧侶ではなく、女の子の姿をしてきます。午後2時に、映画館の前で待ってます。きっと来て下さいね(o^-')b」
メールには写真が添付されていた。写真には若い女性の姿が写っていた。赤いベレー帽をかぶり、カメラを見ながらニッコリと笑っている。昔の恋人に似ているような、似てないような…、うまく説明のできないけど、どこか懐かしさを感じる写真だった。
日曜日が来るまで、僕はメールのことをすっかり忘れていた。日曜日の朝になって、僕はふとメールのことを思い出したが、結局、映画館へ行くことはなかった。すると夜になって、メールが届いた。
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「こんばんは。ずっと待っていたのに、来てくれませんでしたね。人から拒否されるのは、やっぱりつらいものです。あなたが来ないことは、なんとなくわかっていました。でも信じてみたかったんです。もうメールするのはやめます。さようなら」
僕は少し気がとがめた。その後ぱったりと、メールは来なくなった。
あれから10年が経った。僕は二度仕事を変え、結婚と離婚を経験した。黒い髪の中に、ときどき白髪を見つけるようになった。
ある雪の降る日、僕は一人で街へ出かけた。
別れた妻と暮らしている子供のために、クリスマスプレゼントを買うつもりだった。
街はクリスマスの電飾でキラキラと輝いていて、街行く人々は、不思議とみんな幸せそうに見えた。
でもそれはたぶん錯覚なのだろう…。
本当は何が錯覚かなんて、誰にもわからないのだが…。
僕は体の雪を払いながらデパートに入った。
ほどなくして、クリスマスの楽しげな飾り付けをしたオモチャ売り場を見つけた。
入口では大きなサンタクロースの人形が、素敵な笑顔で僕を迎えてくれた。
店内には、まるで場所を取り合うように、ところ狭しとオモチャが置かれていた。
かわいいオモチャたちは、これからどんなお家に連れて行かれ、どんな子供と遊ばなければならないのか、少し不安がっているようにも見える…。
そんなオモチャたちを眺めていると、ふと子供の頃の自分を思い出した…。
怖い夢を見て真夜中に目が覚めたとき、僕はいつも熊のぬいぐるみに助けられた。
フサフサした熊のからだをギュッと抱きしめると、すこしだけ勇気が湧いてきた。
お前がいてくれて本当によかったと、心の底から思った…。そういえば、あのとき大事にしていた熊のぬいぐるみは、今頃どうしているのだろう? 放ったらかしにされて、物置の隅でスネてるだろうか? それとも森へ帰って、眠っているのだろうか…。そんなことを考えていると、ふいに誰かがトントンと僕の肩をたたいた。
「やっと会えましたね」
振り返ると、赤いベレー帽の女が立っていた。
「熊は、ちゃんと森へ帰りましたよ」
赤いベレー帽の女はそう言うと、熊のぬいぐるみを僕に手渡した。
僕は言葉も出ず、ただ涙があふれた。いつまでたっても涙が止まらなかった…。
―end―