むかしばなし③
高峰涼香との邂逅を終えてからも、しばらく僕は基本的に一人で過ごしていた。もちろんそれまで通り、孤高ではなく孤独だった。ずっと友達が欲しいと思っていた。けれどそのために何か行動を起こすことはすぐにあきらめてしまった。何度か挑戦はしたが、失敗することが分かってしまったからだ。僕が彼ら彼女らに話しかけたところで、大抵怖がられて逃げられてしまったし、話を聞いてくれる人もただこちらを刺激しないようにうまく切り抜けようとしていただけだった。毎回毎回その調子では傷つくので、傷つかないために人に話しかけることすら諦めてしまった。あんなふうに高峰涼香に脅されてもまだ話しかけたというのに、普通の生徒に話しかけるのはすぐ諦めるとは、僕もよくわからない奴だった。変なところで諦めが悪いのに普段は熱意に欠ける…という表現が適当なのだろうか。
あんな風に人に話しかけても相手にされない理由がわからなかった最初のころは本当に心の底からショックで、ただただひたすらに悲しかったことをよく覚えている。だが、理由はすぐに判明した。他でもなく、高峰涼香と交流を持っていたから。ただそれだけだった。というのは語弊があるかもしれない。だってあの高峰涼香だ。初対面で準死刑宣告みたいなことを平然と言ってのける、超冷血女。当然クラス中の、もしかしたら学校中の畏怖の対象であった。それも入学一週間、彼女にとっては登校五日足らずで。彼女と交流を持っていたのは少なくとも学校内では僕だけだったから、関わってろくなことがあるとは思えなかったのだろう。だが僕は彼らを責める気にはなれなかった。これは親の教育の賜物というべきだろう。人の気持ちを考える、というやつだ。僕が相手の立場だったら、保身のためにも、絶対に僕みたいな得体のしれないやつと関わりたくない。
そんな僕の状況とはお構いなしに、高峰涼香はまあまあの頻度で僕に話しかけてきた。彼女は相当な気分屋だったようで、二週間以上話しかけてこないこともあれば、授業中ですら話しかけてくることもあった。話していた内容を詳しくは思い出せないけど、僕が何か意見できる、というか理解して質問を返せるような話題もあれば、まったく何をいっているのかわからないような難しい話題もあった。そんな難しい話題を巧みに扱う彼女を見ているうちに、ああ、この子頭良いんだなあと思いはじめ、色々なことを聞くようになっていった。といっても、僕が覚えているのは彼女にたくさん質問をしていたというアバウトな記憶だけで、何を聞いたかは覚えていない。でも、繰り返された話の中で僕の知識は確実に増えていっただろうし、彼女のモノの見方を知ることことができたような気にはなっていた。実際がどうかは全く分からないけれど。
いくらあまり覚えていないといえど、印象に残っている会話はいくつかある。印象に残ったからといって他のものに比べても異質で、僕にとって新鮮味がある話だったとは限らない。ただ、理由もないのにこの話は覚えているというだけだ。確かあの悪夢のような出会いから一週間後くらい、まだ僕が彼女への怯えを払拭できていなかった頃のこと。そして、彼女が異質であるという認識が根付いたころ。
「ねえ、何でここに来てるの?」
「随分攻撃的な言い草じゃない?知らないと思うけど僕、結構繊細だからね?」
「繊細な奴は自分でそんな風に言わないし、私はあんた以上にあんたのことを主観的にも、客観的にも知ってるから大丈夫。今の言い方もあんたが少し不快感を覚えるくらいのラインを攻めてるから。反応も予想通り。」
「わかり切ってるなら試すような真似しないでよ,,,」
一応注釈しておくと、この時点で僕の愉快すぎるあの妄想は誤解ですらないことは判明している。僕が話している間に気づいたとかではなく、彼女から人と関わらない理由を話されたからだ。この話は近いうちにするかもしれない。あまり気は乗らないのだけど。
「自分の予想が正しいかどうか気になるのは当然でしょ?それに脳内だけで完全なシュミレーションなんてできないの。そんなことより、ねえ、何で?何で学校に来てるの?」
「なんでって…」
「答えられないの?」
「そっちはどうなのさ」
「親のためよ。仕方ないから来てるっていうのが正しいかな。なんの生産性もないけど、この国では一応中学校の教育過程を終えさせるのは保護者の義務らしいし、やっておかないと将来好きなようにできないかもしれないしね。」
「じゃあきっと僕も同じだよ。明確な目的なんてきっとない。」
「へえ、少し予想と外れたわ、生意気ね。」
「生意気って,,,ちなみにどんな予想をしてたの?」
「学校でしか得られない経験がーとか、勉強は大切だからーとか、他人に刷り込まれたようなことをそのまま自分の考えだと勘違いしてオウムみたいにおんなじことを言うのかと思ったわ。」
「結局予想通りじゃないか。君の言ったことをそのまま繰り返してるだけだし。」
「あら、それが分かってるのね。もっと愚かだと思ってた。」
「君は毒を吐かないと喋れないのかな…」
「あら、今更気づいたの?やっぱり底なしの愚か者ね。」
そう言った彼女の表情はやっぱり純朴そうな女の子のそれでしかなかった。少し意地悪な、ませた女の子。そんな印象しかもてないような、他人を欺く表情。それがわざとなのか、わざとじゃないのかは分からなかったけれど。
とにかく、僕と高峰涼香は独りぼっち同士 (望んで一人な彼女と望まずして一人な僕という感情はさておき、見てくれとして)段々と親交を深めていった。やっぱりそれも、僕の一方的な思い込みでしかないかもしれないけれど。