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目が醒めるとそこは病室だった。
さっきまで見ていた光景が少しずつ薄れていって、起き上がる時には全て曖昧になる。
そして同じタイミングで開いた病室の扉。
看護師であろう服装の女性が俺の姿を目にするや否や「先生!」と叫びながらどこかへ走っていった。
「名前は?」
「…御調世瑠」
俺は二年間眠っていたらしい。
何の数値の異常もないのに。
泣きながら病室に入ってきた母さんからそう聞いたが、全く話が分からなかった。
「世瑠…あの日何があったか覚えてる?」
「あの日…?」
そう問い返す。
母さんを含め、後ろにいる医師や看護師を見渡すも目を合わせようとしない。
そんな中で唯一目が合った黒いスーツを着た男が何かを小さく言って周りの医者達を部屋から出す。
そして母さんが警察の方よ、と言って握っていた俺の手を離した。
自分の手を見ると手のひらに何か引っ掻いた様な傷の跡がうっすらと残っていた。
「世瑠君、君の覚えている事を話してほしい。最後に一緒にいた人物や場所、時間…何でもいい」
「最後に…」
さっき起きた瞬間まで覚えていた事が全て思い出せなかった。
大切な事だった気がするのに思い出そうとすると頭が割れるように痛くなる。
『……が………よかっ……』
誰かに何かを言われた気がする。
頭の中で何か音が流れてすべて聞こえなくなる。
「君と早乙女澪さんの二人が立入禁止の海岸沿いの崖の上で倒れているのが見つかったのが二年前。そして漸く世瑠君、きみの意識が戻った」
「俺と…澪、だけ…」
俺の言葉にその男は目を細める。
「あの日、夏祭りのあの夜なにがあった?二人以外に誰かいたのかい?」
「夏祭り…あの日、澪と俺と…零斗、と、一緒に」
あの日。
三人であの場所に行ったことを思い出した。
そうだ、零斗が目の前で飛び降りたあの日。
思い出したことを話した。
母さんはやっぱり、と言って涙を流していた。
「早乙女零斗くんは、今も行方がわかっていない」
聞くと零斗はまだ見つかっていないらしい。
海流の早いあの海では見つかることの方が珍しいのだと言う。
何故俺と澪の二人がその場で倒れていたのかは自分でも全く心当たりがないし何も分からなかった。
きっと長い夢を見ていた。
何度も何十回、何百回とその夢を見ていたんだと思う。
目が醒めた今そう感じている。
「…そうだ…澪はどこに?」
「……彼女は…」
通されたのは最上階の個室だった。
扉を開けるとベッドの上から窓の外を眺める澪がいた。
「澪…」
「………」
呼びかけた声に反応はなかった。
ただひたすら、その瞳は窓の外…海を写していた。
二年前倒れていたところを発見された澪は俺とは違い次の日に目を覚ました。
けれど誰の声にも反応がないのだという。
最後の希望として俺が残っていたのだが、残念ながら