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星の海を穿て  作者: 雪ノ瀬いちか
3/4

03 お願いだから行かないで


「でもね、結局断って普通の村人との結婚を選ぶの」

「…そんな話面白いの?絶対もう一人を選んだ方が幸せだと思うけどな」



楽しそうに澪が本のあらすじを話してくれる。

全く本というものに興味の無い俺はストーリーを聞いても少しも読みたいとは思わないが、二人のこの時間が愛おしかった。

放課後、零斗の生徒会の仕事が終わるのを教室でいつも二人で待っていた。

その間澪はずっと本を読んでいて。

毎回違う本を開く澪にいつもこうやって横から話しかけるのが好きだった。

今日の本は素敵なお話だよという割には人間関係がどろどろしていて気持ち悪かった。



「面白いよ。でね、そのあと王子様はお姫様の目の前で海に飛び込んで死んじゃうんだ」

「こわ」

「そ?俺は少しその気持ち分かるよ」

「うわ零斗。いつの間に」



気付けばすぐ後ろに零斗がいて、二人の時間に終わりを告げる。

零斗は澪の手から本を奪ってしばらく唸りながらそれ読んでいた。



「せめてお姫様の記憶に永遠に居座ってやろうって最高な考えだな」

「うわ、お前最低だな。さ、帰ろ澪」

「あ、うん」



澪の小さな白い手を掴んで教室を出た。

零斗が眉間に皺を寄せて口をへの字にしていた。

そんな不機嫌顔を通り過ぎて二人で先を歩く。


俺と澪は付き合っている。

約三ヶ月になるが最初の頃と比べるとだいぶ自然に手を繋ぐことが出来ていると思う。

初めて手を繋いだときなんてガチガチに緊張して、隠れて見ていた零斗に大爆笑されたあと腹を殴られた。

しかし意外なことに零斗は付き合い始めたという報告を聞いても顔色一つ変えず「いいんじゃない?」とだけ言い現在に至る。

過度なシスコンのあいつのことだからきっと死ぬほど殴られるのかと思っていたら拍子抜けした。

恋愛についてはそこまで干渉して来ない様で何よりだ。

いつだったか零斗に「澪のことが好きなのか」みたいなことを聞かれた気がするが、多分あれが澪に告白したきっかけになったんだ思う。

その点では少し、ほんの少しだけあいつに感謝してやろうと思うが死んでも口には出してやらない。



「明日?」

「世瑠が良ければ一緒におでかけしたくて」

「ん、いいよ。ちょうど暇」



俺の名前から「くん」が消えて呼ばれる度に幸せな気持ちになれた。

嬉しそうにふんわりと笑う澪が可愛くて仕方がなかった。



「零斗は来んの?」

「あ?あー俺は明日無理」

「昨日の夜、休日登校って言ってたねー」

「そ、休日なのにクソ生徒会のせいで。ごめん澪」



最初から二人でデートするつもりだったもん、と澪が言うので不機嫌そうな顔をしているのだろうと後ろをチラリと見れば真顔でスマホを触っていた。

少し前…俺達が付き合い始める前までは予定を蹴ってでも一緒に三人で、とうるさかったのに。

露骨にその回数が減ったのはきっとこいつなりに気を使ってくれているのだろう、多分。



「別にそういう訳じゃないけどな」

「え?」

「あ?いやこっちの話」



まるで俺への返答の様な、タイミングのいい独り言で思わず立ち止まった。

どうやら生徒会の中で揉めたらしく、スマホでずっと何か打ち返していた。



「お前がそう望んだくせに」



そう言いながら顔を歪める。

零斗のそんな顔を見るのは初めてだった。

確かにあの日そう望んだのは俺だ、そう言いかけて自分の中でハテナが浮かぶ。

頭が痛い。

零斗が見ている画面がどうしても気になって覗こうとする。



「待って、行かないで!」



澪に手を引かれる。

泣きそうな顔で俺を掴むその手を何故か俺は振り払ってしまった。

知らなくてはいけない、見なくてはいけない。

そう強く思って零斗の視線の先を見た。











()()()()()()()()()()()











「っは、」



その文字を読んだ瞬間。

後ろから誰かに殴られたような衝撃を頭に受けた。

暗くなって回る視界。

ぐるぐると転がる感覚に吐きそうになる。



「っ、あ、れ…い…」

「そろそろ起きろよ、世瑠」



ふらつきながら辺りを見渡すがどこにも澪はいなかった。

辺りは真っ暗で、横にいた零斗が笑いながら俺を見つめていた。

その手にはりんご飴があった。

今は何月だ?

突然そう思って思い出そうとする。

わからない、今は何時だったのか、思い出せない。



「楽しい夢だった?」

「……ゆ、め…?」

「あの頃を何度も見て。いつお前は起きるんだ?」



頭が痛い。



「俺を殺したのはお前だろ」



視界がぼやける。

目の前の零斗の顔が見えない。

その顔は一体どんな表情をしているのか。

あの時零斗はどんな顔をしていた。

……あの時?



「ちが、俺は、」



違う、お前が飛び降りたんだ。

あの日。

あの夏祭りの夜。



「…俺もお前が嫌いだよ、世瑠」



そう言うと何かが首に触れた。

誰かの手だった。

段々と力が強まって息ができなくなる。






「お前が死ねばよかったのに」






それが最後に聞いた声だった。

聞き覚えのある、とても優しい声だった。



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