幼稚園児の正義
「こるぁ、早く持ってこいっつってんだよぉ」
この真昼間の住宅街に響くゲスな声、いったい誰なのよ。近隣住民の迷惑ぐらい考えなさいってのよ。
「ご、ごめんなさい、もう僕のなくて」
あら?この聞き覚えのある・・・もしかしてフランスぼうや?
「親の財布から取ってこいよぉ!それぐらい頭使え、このガキがぁ!」
は〜・・・今ので全部わかったわ。どうやらフランスぼうやはかつあげのターゲットになってるようね。運が悪いのね。
運は大切よ、お金があっても運がなかったらこの先何やっても失敗するわよ。立ち上げた会社なんて1週間で倒産するわよ。連帯保証人にされて本人に逃げられるわよ。握手するときに画鋲仕込まれるわよ。
「そ、そんなことできな」
「やれっつってんだろがぁ!!」
しかたないわね、フランスぼうや。これは貸りにしといてあげるわ。
「ちょっとそこの語尾流し放題さん」
「きりちゃん?!」
いつものフランスぼうやとは思えない顔面ね、まあ子どもだからしょうがないけど。でも幼少時の記憶をなめてたらだめよ。あたしなんて今のあなたの顔面、20年は忘れないわよ。
「なんだお前ぇ、ふざけてんのかぁ!ぶっ飛ばすぞぉ!!」
迫力に欠ける台詞ね・・・顔も普通だし。斜めに走る物凄い傷跡とか、耳たぶあるのかないのかわからないぐらいのピアスホールとか、カラコンとか眼帯とかしないのかしら?
「人からお金盗ったらだめだって教えてもらいませんでしたか?あたし5歳だけどそれぐらい知ってるわよ。ランドセル背負ってるくせにとんだ非常識者なのね」
「おまっ、なめてんのかぁ!」
あ、初めて語尾が歯切れよかったわ。一瞬だけど。それにしても・・・小学生の分際でなかなかの素行の悪さね。先行きが心配よ。
こういった人間が社会に出るととんでもないのよ。世の中巻き舌で渡れると思ってんのよ、きっと。甘いのよ。裏世界じゃあたしたちの知らない間に、小指をあげたりもらったりしてんのよ。円の代わりに小指ってなんてハードなのかしら。あたし絶対表の世界で悠悠自適に生活してやるわ。
「ぶん殴るぞぉ、こるぁ!」
「殴ってみなさいよ。あんたあたしの兄貴、瞬殺の狼にその名のとおり瞬殺されるわよ」
「あぁ?!」
「あたしの兄貴はね、変態なの。シスコンなの、手のつけようのない馬鹿者なのよ!」
「きりちゃん、瞬殺の狼の名が廃るよ!」
すっかり元気ね、フランスぼうや。セコンドのつもり?容赦なくリングへ放り投げてやるわよ。
「だけどね、あの動き。只者じゃないんだから。あたしに見つからないようにお風呂を覗き見する技術は世界一よ!」
「きりちゃん、瞬殺の狼はただの犯罪者だよ!」
「それにね、柔道、剣道、合気道。あわせて3日は通ったつわものなのよ!」
「きりちゃん、それじゃ3日坊主にもならないよ!いや、3日狼か?!」
「極めつけはね、兄貴の作るものほとんどは発がん性が含まれてるのよ!」
「きりちゃん、それは失敗作だよ!狼は食材を無駄にしてるようだね!」
フランスぼうや、なかなかにイラつくわね。完全に調子に乗ってるわ。
「おら聞いたか、このランドセル!きりちゃんの忠誠なる狼はなぁ、お前ごとき片手、いや眉毛1本でやっちまえるんだよぉ!」
眉毛じゃ何も起こらないわよ。それに兄貴の眉毛は細くて短いから結構な軟弱っぷりだと思うわ。
「ご、ご、ごめんなさいぃ!許してくださいぃぃぃ!!」
あぁー泣いちゃってる、兄貴の眉毛とランドセルならランドセルが圧倒的有利なのに。むしろ完全勝利は目に見えてるのに。
「これに懲りたらなぁ、今後一切僕に近づくんじゃねぇぞ!今度は睫毛だからなぁ!」
「はいぃぃぃ!!」
フランスぼうや・・・毛に何のこだわりを持ってるの?睫毛は眉毛にどう勝っているの?
「いやぁ、きりちゃん!ありがとう!これで僕も堂々とランドセルに蹴りを入れられるよ!」
「そうね、今度はあなたが瞬殺の狼の餌食ね」
「・・・え?」
「当たり前でしょ?瞬殺の狼は悪い子にお仕置きするためと覗きをするためにいるのよ?それをあなたみたいな人放っておくわけないじゃない」
「あ・・・え・・・あの・・・冗談・・・あの・・・」
「覚悟することね。ちなみに柔道、剣道、合気道、全部近所の道場の師範してるから」
「ひぃぃぃ!!」
治安維持もなかなか大変なものね。