幼稚園児の先生
「は〜い、今日はこのお兄ちゃんと仲良くしてねー」
「はじめまして、桐矢です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、はにかむように笑ったそいつはどこかで見たことあるような顔で・・・
「ちょ、ちょっと!きりちゃん!!桐矢だって!!モデルの!!」
「あーどうりで見たことあると思ったら」
あたし的には中の上ね。兄貴は顔だけならきっと日本一よ。でもあの変態だから惜しくも人目にはさらせないけど。
桐矢ってやつもモデルだけあって顔はもちろんのこと、背は高いしお肌ツルツル。隣のこのみって子が興奮しながらあたしを揺さぶるのも無理ないわね。今日からあなたはゆさぶりっ子よ、決定。
「きりちゃんなんでそんなに冷静なの?!ここは今から桐矢様という宝をめぐって激しい戦いが始まるのよ?!戦場よ?!ジハードよ!?」
「生憎あたしは無宗教なの。聖戦って言ったってただのテロよ」
「わかった。私としては少しでもライバルは抹殺したかったから都合がいいわ」
じゃ、と言って早速ゆさぶりっ子は桐矢に群がるハイエナの一味となり果てたわ。桐矢は困ったように「動けないよ」と笑いながら言ってるけど、そもそもスーパーモデルがなんで幼稚園に?先生にでもなりたいのかしら?さわやかな顔してロリコン?小児性愛者?
適材適所って言葉があるでしょ。あたしにしたらこんなガキ相手するよりか、半裸のお姉さまにひざまずいたりひざまずかせたりしたほうがいろいろ豊かになりそうなものを。人の趣味ってわからないわね。
「きりちゃん、だっけ?」
声がしたかと思ったら、そこには満面の笑みの桐矢が中腰でいた。どうやら他の女をどうにか話術で押さえ込み、あたしに話し掛けたようね。話術・・・だけよね?なんか顔が赤いわよ?!なんか「ほっぺた一生洗わない」なんてふざけたこと言ってるわよゆさぶりっ子!ゆさぶりっ子だけじゃないような気がするのは勘違いよね?!勘違いと信じたい!!
「君だけ一人で遊んでるね、どうしたの?」
「別に。この時間をどう使おうとあたしの勝手よ」
「ははっ、それもそうだね。でも」
俺きりちゃんと遊びたいよ、と・・・
「きゃー!!」
「暴れないで!落っこちちゃうよ!」
あたしを、楊貴妃さえもうらやむ美貌を持ったあたしを、桐矢は抱き上げた!抱き上げやがったのよ!!
「あ、あんた何がしたいの?!誘拐罪で訴えるわよ!!」
「そうだなーきりちゃんすっごくかわいいからさらっちゃいたいよ」
いやー!桐矢様ー!あたしもー!なんて叫び声が随分下から聞こえる。そっとのぞくと床はずっと遠くて少しだけめまいがしたわ。
「あれ?きりちゃんもしかして高所恐怖症?」
「うううるさい!!あたしが高い場所を恐れてるとでもいいの?!無礼千万ね!!」
桐矢の口元が歪んで、あたしは後悔した。
今あたしはいわゆるお姫様抱っこをされていて、ちょうど桐矢の胸あたりに位置している。それがゆっくりと上げられ、綺麗な顔がどんどん近づいた。でも今では恐怖にしかならない。その満面の笑みが意味することは、だいたい想像がついたから。
「・・・んじゃいくよ?」
瞬間、心臓だけが取り残された。背中と足にあった支えは消え、あたしは絶叫した。
「いやーーーーーー!!!!!」
死ぬ!死ぬ!!あたし死んじゃう!!まだやりたいことあるのに!!二桁も生きてないのに!!
「っと」
大丈夫?と笑う桐矢。
「・・・れない」
「何?聞こえなかったからもう一回いいかな?」
信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない!!!!!
「この腐れ外道があああああ!!!」
「ぐはっ?!」
まさか、想像はしたけど本気でするなんて。しかもこのあたしに、クレオパトラさえもうらやむ美貌を持ったこのあたしに恐怖を与え、さらに笑うなんて!!半泣を見て楽しむだなんて!!
股間をおさえ冷や汗を流し、金魚のように口をパクパクさせている桐矢に同情なんて微塵も沸かない。これは当然の報いよ。もちろん手加減なんてしてない。あたしの精一杯の力を出し切ってやったわ。
「しばらくの間生き地獄を味わうがいいわ!生まれてきたことを後悔しなさい!!」
あたしが背を向けると、それまでぽかんとしていた女子が桐矢に群がった。
「桐矢様?!なんとおいたわしや・・・」
「大事なお体を・・・軽軽しくあんなことをするものではありません」
「ここはもうかまいません、病院に行かれたほうが」
あなたたち、本当に幼稚園児?最近の幼稚園児にしてはかなりの教養を身につけてるようね。でもね、客観的に見てみなさい。そいつは明らかに悪人よ、極悪人。あたしを・・・よくもあたしに辱めを!!もっとあたしを労わりなさいよ!!
「待ってくれ、きりちゃん」
今一番聞きたくない声。でも無視ができなかった。何しろ目の前に女の壁ができていたから。
「お願い!話だけでも聞いてあげて!」
「悪いわね、今世紀最大の怒りで制御できない状態なの。あたし今度こそ完璧に完全に」
潰しちゃう。
冗談なんかじゃないわよ。あたしの体重なんてたかが知れてるんだから。もう二、三度踏み潰してすり潰してやる。
でもそれでも話し掛けようと立ち上がる桐矢。天晴れというかなんというか。その勇気だけは認めてあげようかしら。
「ごめん・・・本当にごめん。きりちゃんがかわいくて・・・ごめん!」
土下座をする桐矢に女どもは号泣。すばらしいわ!男らしいわ!なんて賞賛が聞こえる。
「・・・これに懲りたら二度こんなことはしないことね。女を大事にできない男なんてただのくそよ」
それだけ言うと目の前の壁は二つに割れた。さながらモーゼの海割りね。
世の中にはこんな男もいるのね。人生勉強になったわ。でも二度とこんな男にはめぐり合いたくない・・・って、もうすでに変態が兄である時点である意味あたしの人生は波乱万丈ね。ああ、かわいそうなあたし。
「待って聞いてくれ!俺きりちゃんが好きなんだ!!」
何を言い出すかと思いきや。
「もう君しかいない!俺の心をこんなに掴んで離さないのは初めてだ!!あの容赦ない蹴り、見事すぎたよ!!」
やっぱりあたしの周辺には変人しかいないのね。股間を蹴られて惚れるってどうよ?馬鹿馬鹿しい。変態は兄貴だけで十分よ。
「先生、あたし早退します」
「え、ええ、ああ、んじゃお兄さん呼ぶ?電話しましょうか?無理なら電報でも」
「お気遣いなく、タクシーで帰りますから」
一刻も早くこの場から立ち去らないと病気にでもなりそうだわ。
「待って!!きりちゃん待って!!」
「桐矢様?!どういうことですか?!」
「私のこと好きって言ったのに!」
「違うわよ、あたしよ!」
「鏡見てから言いなさい、私に決まってるでしょ!」
「きりちゃーん!!」
幼稚園児も気が抜けないわね。