幼稚園児の祖父母
あたしのお母さんとお父さんはいない。でもおばあちゃんとおじいちゃんがいないわけではない。なんでおばあちゃんたちがいるのにあたしが施設送りになりそうだったって?それはこれから説明するわよ。
「きりちゃ〜ん、お久しぶりねー!」
「久しぶり、おばあちゃん」
お父さんのお母さん、おばあちゃんはとても元気で少々趣味が変・・・ではなくて個性的な人なの。上下ヒョウ柄で、真っ赤な口紅、丸わかりの偽まつげ、チリチリの紫色の髪、菊の花のネイルアート。声はでかいし、大口開けて笑うからいつも奥の金歯がよく見える。
「きりちゃん、元気にしてたかね。病気にはならなかったかい?」
「うん、おじいちゃんも元気そうだね」
お父さんのお父さん、おじいちゃんはとってもとってもとっても一般人。地味で特に特徴もない、そこら辺にいそうな少し髪の毛の散らかったただの人。でも実はすごい人で、お父さん、兄貴に柔道とか教えた強い人なの。人は見かけによらないって、こういうことね。
「お正月は日本に帰れなかったから、はい、お年玉」
「ありがとう、おじいちゃん」
「あら〜私の分もちゃんと入ってるわよー!」
「あ、ありがとう、おばあちゃん」
おばあちゃんたちは今アメリカに住んでるの。第二の人生ってやつ。これよ、理由は。たまたまお母さんたちが死んだときもアメリカにいて、情報が遅かったの。おばあちゃんたちが帰ってきたときには、兄貴はあたしと暮らすことを決めてたらしくって。
なんせおばあちゃんたちは今でもちゃんと仕事をしてるから。おばあちゃんは日本学校の校長先生、おじいちゃんは小さな和菓子店の店主をやってるらしい。おじいちゃんはいいとして・・・おばあちゃんが校長って、よくアメリカは認めたわね。
「・・・日本円札はいいとして、ドル札って?」
「あ〜しまったわー!ノリで入れちゃったわー!」
豪快に笑うおばあちゃん。金歯がまた増えてるわ。おばあちゃん、歯は大切にしなきゃ痛い目見るわよ。
「きりちゃん、幼稚園はどうだい。みんなと仲良くして、喧嘩なんてしてないだろうね?もし吹っかけられたらまずは目でヤりなさい。手は出されたらちゃんとよけて、それから反撃するんだよ。相手が手を出したのは変わらないんだから、後は思う存分やればいいんだから」
「わ、わかってるよ」
・・・おじいちゃんもなかなかね、やっぱり人は見た目によらないわ。
「ばあちゃん、じいちゃん、日本にはいつまでいれるの?」
やっと登場の兄貴、おばあちゃんたちが濃すぎていつもの兄貴の存在が薄れていたわ。
「明日帰るわよ?」
「あ、明日?急なんだね〜もうちょっとゆっくりしてけば?」
「な〜に言ってんのよ、あんた仕事あるんでしょ?私もあるし」
まあ、平日の20時に突然やってきたのだから、しょうがないと言えばしょうがないわね。それにしても荷物が多い。おじいちゃんなんか小さなかばん一つなのに、おばあちゃんはスーツケースが二つもある。中にはどうせ衣装とか小道具ばっかりだろうに。
「きりちゃん、お兄ちゃんとしっかり暮らすんだよ」
「ああ〜ん、もういっそのこと私たちの家に引っ越せばいいのに!」
「だから、それは断ってるでしょ、ばあちゃん」
「そうだけど〜」
兄貴はもうすぐ20歳だったけどまだ19歳だった。でも兄貴は一人で日本であたしを育てることを、おばあちゃんたちにお願いしたらしい。お母さんたちの思い出の残るこの家で、あたしを立派に育てたいんだって。おばあちゃんはもちろん反対したけど、おじいちゃんは意外にあっさり承諾したらしいの。
おじいちゃんは、兄貴の何を信じてそんなに簡単に許したのかしらね?なんとなくわかるようで、全然わからないけど。
「ばあさん、きりちゃんはちゃんといい子に育ってる。これもお兄ちゃんがしっかりしてるおかげだ。おじいちゃんは信じてたよ、お兄ちゃんはきっと約束は守るって」
「・・・そうね、きりちゃんはとってもいい子よ。かわいいし、気品あふれてビューティフォーよ。私もわかってるわよ。でもね・・・」
「ばあちゃん、わかってる。僕はまだまだだけど、きりちゃんはしっかり守るから。ちゃんと約束するから、心配しないで」
兄貴の大きな手が、あたしの頭をぽんぽんと柔らかく叩いた。思わず見上げると、そこにはいつもの優しい笑顔があって、あたしはすごく安心した。
「もう一度約束する。僕はきりを必ず守るよ」
あたしは小さい。だって兄貴の顎しか見えないもの。でも、視線の先のおばあちゃんたちはすごく優しい目をしてる。おじいちゃんは兄貴の肩を2、3度叩いてくるりと背を向けた。
「さあばあさん、もういいだろう?よくわかっただろう、その子の決意は」
「・・・」
「私は先に寝させてもらうよ」
おじいちゃんは振り返ることなく、部屋から出て行った。その背中はなんだかとても大きいようで、小さく見えた。少しだけ、おじいちゃんの背中が寂しいと言ってるように見えたから。
「ごめんね、本当は二人をアメリカにつれて帰ろうかと思ってたの」
「わかってたよ、だから急に来たんだろ?それぐらいわかるよ」
「で、でもお年玉は本当にあげたかったのよ?!」
「はいはい、わかってるって」
兄貴はいつもと違う笑い声をあげながら、あたしの手を強く握り締めた。
「ばあちゃん、ハワイには移住できないけど遊びに行くよ。それにばあちゃんたちもいつでも遊びに来てくれてかまわないから。きりちゃんと一緒に歓迎するよ、ね、きりちゃん?」
「うん、おばあちゃん、また日本に来てね」
おばあちゃんは涙目になったかと思うと獣のうなり声にも似た声をあげ、あたしたちを思いっきり抱きしめた。
「こんなにいい子たちを残して!本当にあの子たちは馬鹿者ね!」
香水の匂いはきついし、おばあちゃんのおなかはでっぷりだったけど、あたしはすごくうれしくてく泣き出しそうだった。
だって心はとても温かいし、大きく膨らんで、今にも楽しさとちょっと悲しい気持ちがはじき出そうだったから。きっとその奥にはあたしにもよくわからない気持ちが眠ってて、だからこんなにも胸がきゅんとする。でもそんなことは言わないの。だって、あたしはすごく大事にされてるから。あたしは今幸せだから。
「大好きだよ」
誰かに言ったんじゃない。みんなに伝えたいよ、あたしの大切な思い。お母さん、お父さん、あたしの声聞こえるかなあ?
「お兄ちゃんもおばあちゃんもおじいちゃんも、もちろん母さんも父さんもみんなきりちゃんが大好きだよ」
兄貴の腕があたしを強く強く抱きしめた。あたしも、兄貴をもっと強く強く抱きしめた。