008.運命のフライト(2)
チェックインをして出国審査も済ました私たちは、搭乗口前の待合室で待っていた。このとき美保子はさっき写してもらった画像を自分のSNSにせっせとアップしていた。そこにあるテレビではグロヴァル・コスモリアンによるテロ事件の続報が映し出されていた。
「それにしても大変よね。新幹線が超小型爆破装置で脱線しだなんて。幸い犠牲者は出なかったけど、手口が巧妙だったそうよ。早く首領を捕まえてほしいものよね」美保子は缶コーヒーを飲みながら言っていた。折角の旅立ちだというのになんてニュースなんだと、気に入らない様子だった。
「ところで亜佐美。あなたドイツに行ったら古城めぐりしたいといっていたけど、やっぱり中世の雰囲気でも楽しみたいわけ?」
「そうよ。ほらファンタジーモノのアニメってヨーロッパの中世みたいでしょ? だから直に見たかったのよなんとなくドイツみたいだし。それってあなたもでしょ?」
「そうなんだ・・わたしがドイツに行きたかったのは、あの風景の中に自分も同化したいと思ったのよ、もし来世ってものがあるなら、次はドイツに生まれたいなあ。それぐらい憧れていたのよ。それにしても遅いわね、案内が」
「なんでも、駐機場にあった旅客機から例の爆弾が見つかったそうよ。たいへんよねえ日本国際航空とAJAも。私たちが乗る飛行機は大丈夫なようだし、だいたい二機も三機もそれ以上に一度に爆弾が仕掛けられるはずないよね」
「大丈夫よ。きっと。ほら離陸していく飛行機もあるし。それに、これから寝るだけだからね、時差ぼけにならないように」そういって美保子はこれから向かう国々のガイドブックをめくっていた。
「オーシャニアン航空653便の搭乗ですが、予定よりも大幅に遅れております。お急ぎのところ申し訳ございませんが、もう少しでご案内できると思います・・・」後ろにはこんなアナウンスが流れていた。
そんなとき、目の前にお下げ髪をした少女が、ヒマを弄んでいるのか話しかけてきた」
「お姉ちゃん達もドイツに行くの?」
「そうよ、あなたのお父さんとお母さんは?」
「ううん、わたし一人、でも空港に父さんが迎えに来てくれるから」
「えっ? それじゃああなた一人で飛行機に乗るの? どうして?」
「わたし岡倉明日香といいます、うちの父はドイツに単身赴任中でして、まだ春休みではないのですけど、ドイツに行って父の職場を見てきます。半年振りに父に会えると思うと嬉しくて仕方ないです」
その明日香という女の子の顔を見ると本当に嬉しそうなんだなあと感じた。わたしも、父が職場の大学からいつも遅くなって帰って来たので、帰ってくるのが嬉しくってたまらなかった事を思い出した。
「そう、それじゃあ明日香さんはお父さんにうーんと一緒にいてくれるのだ。そんなことをしたら母ちゃんがやきもちやいちゃうよ!」
「そうかもねえ、母って結構寂しがり屋ですから、すこし悪いことしたかも。母も仕事がなければ一緒に行けたのですけど」そういって明日香は携帯をつないで母に挨拶をしていた。
そのとき、待合室から見える空は春雨をもたらした雲が薄くなり、春の柔らかい日差しが差し込みだしていた。その光はとても綺麗に見えた。この数時間後にこの待合室にいたわたしも含め全ての人に起こる事など暗示するものではなかった。