007.運命のフライト(1)
わたしがまだ人間だったころ・・・永川亜佐美、そうだこれがわたしの名前だ! あれは二十二歳の誕生日を迎えた日のことだった。わたしは大学の卒業旅行でヨーロッパに行くはずだった。あの日は友人の井之頭美保子と一緒に・・・
「美保子遅いじゃないの! もう少しでチェックインが終わるところじゃないのよ!」わたしはパスポートを手に持って脇に大きな旅行カバンを携えイライラしていた。初めてヨーロッパに行くというのに友人がなかなか来なかったのだ。
この日は春まだ浅い三月、空港のロビーには梅のオブジェが置かれていた。本当は私の誕生日なので、出発を明日にしてもらいたかったが、旅行シーズンという事で予約が取れなかったから、この日になってしまった。
それで昨日は父さんと妹の奈緒美に誕生日会をしてもらっていた。その場に母さんがいなかったのは残念だったけど、一昨年急な病で亡くなったからしかたがなかった。以来、母さんがしていた家事は私がしていた。そのご褒美として卒業旅行の費用は父さんと奈緒美に出してもらった。
「ゴメンネ亜佐美。エアポートライナーが途中でトラブッてしまちゃってね、遅くなったのよ。それに親からあんたテロ情報があれほど報道されているのに行くのかよって、言われてしまったよ。それにしても、いつまで続くのかねテロは」
この時、世界各地でテロを引き起こすグロヴァル・コスモリアンという謎の組織が跋扈していた。世界各国の首脳に遅れを取るまいと日本国首相の阿河邦紘による組織撲滅への実力行使宣言に反発し、日本国民に対する無差別テロを予告しており、実際に鉄道がターゲットになっていた。美保子が遅れたのも空港連絡鉄道に爆破予告があったためだ。
「大丈夫だと思うよ美保子。まさか飛行機がターゲットになったりしないよ。それに対象は日本国民でしょ? これから乗る飛行機は外国籍だから大丈夫よ、きっと」そういってはみたけど私も不安になっていた。でも、テロに遭うのは宝くじで一等を当たるよりも少ないはずと自分で言い聞かせていた。
「そうそう亜佐美、ここで渡すのも恐縮だけど誕生日おめでとう! これあなたが欲しがっていたものでしょう」美保子は私に小さいけど綺麗に包装された包みを差し出してきた。
「これって、もしかして私が欲しかったブランド物のアクセサリー?」
「そうよ! ヨーロッパに着いたらそれをかけてもらえる? そして一緒に記念写真を撮ろうよ!」
「ありがとう美保子! 最高の贈り物よ! でもこれって通関だいじょうぶかしら?」
「それもそうねえ、気になるなら通関前にかけてみたら?」
そういわれたので、航空会社のチェックインカウンターで待っている間に、美保子から貰った首飾りを箱から出して、かけることにした。
「似合うよ亜佐美! やっぱおもった通りよ! いいから一緒に写真を撮ってもらおうよ!」そういって美保子は図々しいことに横を歩いていた中年のおじさんにスマホで記念撮影してもらうように頼んできた。
「お嬢さん達はこれから卒業旅行なんかい? この一枚が楽しい旅行の第一歩というわけなのかい? そいなら最高の笑顔をしんさいや! ほいじゃあ、何枚か撮るけえねえ」そういって頭が薄くなり黒く太い縁の眼鏡をかけたおじさんは方言交じりでのやさしい言葉を話しながら笑顔で撮ってくれた。それが私たちの最期の姿を写した写真となってしまった・・・