036.旅立ちのとき(2)
備州大原駅はいまわたしたちがいるガード下から最も近い駅だけど、物凄く小さい駅だった。広島と岡山の中間付近にあるけど旅客電車はあまり頻繁に来ないようなところだった。実はわたしが(ネコとして)生まれたのはこの駅近くのタクシー会社の営業所の車庫だった。
もちろん、その時わたしは人間だったときの記憶を失ったし、人間としての理性もなかったので、本能のままに生きていた。たしかノラネコだったから酷く飢えに苦しんでいたけど。
そして兄弟や母ネコとはぐれて行った先がタクヤが住み込みの派遣社員として働いていた工場で、そこでタクヤと再会したのだ!
それにしても、これって偶然なのかもしくは神様のいたずらなのか? それは判らないけどこんなところでわたしとタクヤの赤い糸が引き寄せられたのかもしれない。でも、もうちょっと良い運命の引き寄せ方が無かったのかな神様も?
それはともかく伊理さんはタクヤにある電車に乗るようにと勧めていた。それこそがわたしたちがこれから生き抜いていく新世界に連れて行ってくれる手段だから。
「そうそう、こっちにチケットがあります。わたしは途中で降りますけどあなたはアサミちゃんと行けるところまで行ってください」
そういって伊理さんは綺麗な印刷が施されたタトウ(チケット入れ)を差し出した。その切符には米原行きとあったけど、これこそが新天地に向かうチケットなのだ。
「この列車で新しい旅立ちいたしましょう。あなたにとって良いことが起きるはずですから」
その切符を受け取ってタクヤの表情に一抹の不安があったように見受けられ、わたしは不安になっていた。
「その特別電車に乗ります俺は! しかしアサミを乗せても大丈夫ですか? 夜行列車ですし」
「大丈夫ですよ。ネコのゲージを置くスペースもありますよ。それにアサミちゃんだってあなたと一緒に行けるのですから幸せですよきっと」
これで、タクヤの最初のハードルを越えることが出来た。あとはタクヤがこれから起きる事態を受け入れてくれるかが問題だった。そのときタクヤの後ろから青シャツさんが近寄ってきた。
「ようタクヤ。出発するのかこれから」
「はい出発します今晩遅く。そこの伊理さんも行かれるそうですよ途中まで」
「そうか、二人とも旅発つのか? まあ、こんなガード下に戻ってくることだけはないように。ここは自由で退屈な時間は溢れているけど、未来への希望はないからな。
お前さんはそう若いという年齢でもないけど、まだ仙人のような生活を送る歳でもないからな。だから何かを見つけろ! そうそう、これワシからの餞別だ!」
そういって青シャツさんは僅かばかしのお金が入った袋をタクヤに渡していた。