035.旅立ちのとき(1)
ガード下で開かれた宴会は、ダラダラと進み夜遅くなってようやく終わった。みんな明日の仕事のために速く休む必要なんかなかったからだ。タクヤは体調が悪くなったのか、そのまま昼まで眠ってしまった。
わたしからすれば、もうすぐネコの身体から解放され、ネコの要素が残るかもしれないけど、人間のようにしゃべったり歩いたりする事が出来るのが楽しみであった。しかし、今はまだネコのアサミなので仕方なくキャットフードを食べていた。
それにしてもキャットフードには塩気も何も味付けしていないので、人間の味覚嗜好が戻ってきたわたしからすれば不満だった。もっとも、今のネコの身体にとって悪いのだからしかたなかった。
わたしは伊理さんことイリスさんと遊んでいたが、互いにこの姿でいるのもあとわずかだった。そのときタクヤは目が覚めたようで伊理さんに話しかけてきた。
「おはようございます迫崎さん。すいませんアサミちゃんと遊んでいました。彼女が窮屈そうにしていましたからゲージから出しました。それとキャットフードを食べさせてあげましたから」
伊理さんが大きく腰の曲がった姿勢のままで挨拶したあと、タクヤに今後の予定を吹き込み始めた。
「ところで、あなたはどういう予定ですか?」
「そうですねえ、市役所でもらった5000円では目的地の鎌倉に行く事が出来ませんし・・・虎の子の貯金を少しだけおろして足しにします。
それと新幹線ですが特急券が高いですので、とりあえず大阪まで出て、鎌倉に向かいます。そこに昔の知り合いのお墓があるそうなのでお参りしようと思います」
どうも、その知り合いとは永川亜佐美のことのようだった。わたしは母と一緒の墓地(わたしの遺骨はないけどね)に葬られているからだ。やはりタクヤはわたしのことを思い出してきたようだ。そうこなくちゃ、これから彼と一緒に人生を歩めないから一安心だった。
「そういうことは電車で行かれるのですか?」
「そうです、全て鈍行で行きます。ものすごく頻繁に乗り換えないといけないのですが、高速バスだとバス内部に手荷物としてアサミを持ち込めないですし、荷物置き場に入れるのもかわいそうですから電車をつかいます。
まあ、他のお客さんに迷惑をかけないようにしないといけませんけど」
「それでしたらいい話がありますよ。今晩の十二時に備州大原駅に停車する特別電車があるそうですよ。わたし、それに乗るのですけど一緒に行きませんか? それで米原までいけるそうですよ。もちろん普通料金で」
ここから伊理さんいえエンジェルのイリスさんが立てたわたしとタクヤの旅立ちのシナリオの始まりだった。