031.奈緒美の夢(前編)
*特別編の主人公はアサミの妹の奈緒美です。彼女から見た世界を描写しています。
父と交えた婚約者との楽しい夕食会も終わり、彼は泊まっていく事になった。もっとも父から結婚前の男女が同衾するのはまかりならんといわれ、今日は別々の部屋に泊まっていた。もっとも、一緒に旅行に行った事があるのを本当は父も知っていたので、筋を通しただけだったけど。
わたしは自分の部屋に彼に泊まってもらい、姉の部屋で寝る事にした。この部屋には寂しくなった時などに時々寝ていたことがあった。ここで寝ていると姉の亜佐美の記憶と一緒になれる気がしたからだ。この部屋には姉の思い出に触れられるはずだったから。
「お姉さん、わたしお嫁に行きます。でも本当はお姉さんが結婚してから結婚したかったのよ。お姉さんがしたブーケトスを私が受け取ったりしてね」
姉の亜佐美は日本海上空で行方不明になってしまったので、それが実現することはもうなかったけど、別の世界のわたしが姉の結婚式に出ている空想をよくしたものだった。
その世界では結婚相手はネコのアリスを家に連れてきた彼氏だった。彼以外に姉が好きになった男を知らなかったからだ。
「お姉さん、もし生まれ変わっていたら良い人と結婚して幸せになってくださいね」
わたしは姉の写真に向かって挨拶して床についた。
その晩、わたしは久しぶりに姉の亜佐美に再会する事が出来た。それまで夢に出てきた姉はいつも悲しそうな顔をしていることが多く、私が司法修習の一環で司法解剖の見学に行った時などは、無残な姿で現われたこともあったことすらあった。
「お姉さん、いつ帰ってきたの?」
姉はあの日出かけていったときと同じ服装だった。お気に入りのワンピースにスカート、そしてコートだった。
「奈緒美ただいま。ちょっと長い旅行だったかな。ようやく帰ってこれたよ家に。だいぶ見ないうちにあなたって立派になったじゃないのよ? 憧れの弁護士になれたじゃないのよ」
姉はそういってコートをハンガーにかけてソファーに腰掛けた。その姿は二十二歳のままだった。わたしは今三十歳なので、一回り近く若かった。
「お姉さん今までどこ行っていたのよ! 父さんと一緒に見つかるのを待っていたのよ! どうして今頃帰ってきたのよ!」
わたしは亜佐美に抱きついていた。彼女からは優しい母に似た匂いと温もりがした。幽霊や亡者の冷たさでなかった。
「ごめんね奈緒美、いろいろと苦労させたみたいで。私がいなくなってお父さんや永川の家のことをあなたひとりに背負わせてしまって。本当だったらわたしも一緒だったのにね。本当にごめんなさい。
神様が特別に今だけこうして会わせてくれたのよ、でも亜佐美という人間はもう決してこの世に戻ってはいけないので僅かしかないのが残念だけど」
そういって亜佐美は私の手を握ってくれた。




