025.広之進と奈緒美
奈緒美が結婚する? そう聞いて私は驚いていた。しかしおかしなことにも気付いた。たしか奈緒美には私が死ぬ前に結婚を前提にしたお付き合いをしていた男性がいたはずだからだ。
たしか父の教え子で将来は検事総長まで出世するんじゃないかといわれるほどの秀才だった。しかも人間性も素晴らしく姉のわたしも少し妬ましくおもうほどだった。しかし十年も経っているのになぜ?
「母さんもお姉さんもあの人も亡くなったのに、お前だけずっと生きているんだから、私が幸せになるところを見るんだよアリス!」
そういって奈緒美はわたしが憑依しているアリスの毛並みの悪い首筋をなで始めた。そういえばアリスの毛は子猫の時からボロボロだったけど、いまはもっとボロボロになっているようだ。どうもお付き合いしていた男性も早く亡くなったようだ。
「奈緒美、先に帰っていたのか? 今日は拓郎さんが家に来る日なんだろう! 準備しておかないといけんだろう」
「お帰りなさい、父さん。いま降りていくから。今日は早かったんだね」
「そうだ! グロヴァル・コスモリアン対策協議会の会合が予定よりも早く終わったからだよ。それよりも早く食事の準備しなさい。ワシも手伝うから」
その声は懐かしい父の広之進の声だった。しかし父は食事の準備など絶対しなかったのになぜなんだろう? そう思いながらわたしは奈緒美の胸に抱かれたまま父の前に出ていた。
父の甲高い声は変わらなかったが、その顔は深いしわが刻まれ、頭髪も薄くなり真っ白になっていた。わたしが死んでから十年ぐらいしか経っていないのに、なぜか四半世紀も経ってしまったように見えた。
「父さんも忙しいんでしょ、グロヴァル・コスモリアンのせいで! でも姉さんやあの人の命を奪ったのに擁護する活動をしなくてもいいのに! 父さんを苦しめてきたんだから関わらなくたっていいじゃないの?」
「それはわかっている、お前だって大事な人を殺されて恨みを持っているのもわかる。それに亜佐美も。もし亜佐美が生きていたら、いまここでキッチンに立っているのは亜佐美だっただろうね。父さんはそこで休んでいてね、わたしが一所懸命美味しいものを作ってあげるからさといって。でも嫁に行っていたかもしれないけど」
「わたしも父さんの気持ちはわかるよ。いくら大勢の人を殺したとはいえ、最高指導者に洗脳された実行犯の助命を求めることを。他の人は娘を殺されているのにって眉をひそめていても私は父さんの気持ちはわかるよ。でも身体のほうが心配で・・・」
「それはありがたいよ。でも亜佐美のことを思うとこれぐらいの無理はしないといけないと思うんだ。だって亜佐美は人生がこれから開かれるという時に、天に召されてしまったんだから。あの時は本当に神を恨んだもんだけど」




