第九話〜魔王な友人〜
昼休み。
やっぱり屋上で、僕はナユタと共に昼食を摂っていた。
いつもと違うのは、空が不機嫌だということ。
大空のキャンパスは黒く塗りつぶされており、青い箇所はどこにも見当たらない。天気予報では午後から雨が降るとの事だった。
念のため、傘持参でのランチタイムである。
だったら中で食えよという案は、僕の無意味なポリシーによって却下。
「そういえばさ、ナナ」
不意に、ナユタが思い出したかのように声を上げる。
「えーっと、ミナギとか言ったっけか。あの後輩」
「……ああ、彼女か」
「その子と、どうなんだ?」
何か期待に満ちているような瞳で僕を射抜く。
ナユタ、君はどうやら大いなる勘違いをしているようだ。
「ナユタ。言っておくけど、僕と彼女は純然なるライバル同士であって、そこに友情だとか愛情とかいうものは無いんだ。あるのは敵意だけであって、そこにはいつどうやって寝首をかいてやろうかという思惑しかないんだよ」
「嫌な関係だな」
「まあ、それももう終わったけどね」
先日の事を思い出す。
ナユタの事が好きなハルナちゃんに協力しろ、と迫ってきた彼女。
断ったら自分の事のように烈火に怒った彼女。
多分、放課後ここに姿を現す事は無いだろう。
「終わった? 何、寝首をかいたのか?」
「違うよ。僕が少々彼女を怒らせてしまってね。中学生だったなら絶交だっ、とか言いそうな勢いだったよ。あれは」
彼女が怒った原因は間違いなく僕で、例え間接的にハルナちゃんが関わっていたとしても、その根源にナユタがいたとしても、原因は僕だ。
「一体、何したんだよお前」
「てっきり僕に惚れているもんだと思っていてね、押し倒しただけさ」
「嘘つけ。ナナにそんな度胸あるはずがねぇだろう」
何気に酷い事を言われた。
僕だってやろうと思えば女の一人や二人押し倒す自信はある。
……嫌な自信だ。
「本当のところは、彼女の友人にとある人物に好意を寄せる子がいてね。その恋のキューピッドを頼まれたんだけど、それを断ったら彼女が怒った」
その言い方は、かなりキツめだったけど。
「……なるほど、な」
得心のいった様子で、ナユタは白米を口に運ぶ。
「ナユタの方はどうだったんだい? 昨日のあの女の子からのアプローチはあったのかな?」
「あの一年か? いや、別に無かったぞ」
「そうかそれは良かった。彼女も生き急いでいたことを理解してくれたのかな」
「その言い方だと、まるで俺が殺すみたいじゃねぇか」
「ナユタは女の子の心をそのルックスで引き寄せて、自慢の毒で殺した後にゆっくりと料理する食虫花の親戚みたいな存在でしょ?」
「よりにもよって食虫花かよ」
「女郎蜘蛛の方が良かった?」
「いや、花で良い……」
そんな事を話ながら、僕らは昼食を終える。
始業まではまだ二十分ほど時間があるが、とりわけて何をするわけでも無く、ボーっとしていた。
そんな時、勢い良く屋上の扉が開かれた。
「…………」
そこには無言で立つ、昨日の一年生の女の子がいた。
その子はやはり無言で、しかも僕の事を睨みつけながら、こちらへとやってくる。
正直、怖い。
「……食事、終わったんですね。だったら話しかけても問題ないですよね?」
「あ、はい。問題ないです」
なぜか敬語になる僕。
「それじゃあ、聞かせてもらいますけど」
その子は実に真剣な表情で、僕にそう言った。
昨日のおどおどした様子はどこにも無い。というか、本当に同一人物かどうかも怪しい。
「先輩は、ナユタ先輩の何なんですか?」
「へ?」
予想外の質問に、僕は素っ頓狂な声を上げる。
見ればナユタも、唖然とした表情を浮かべている。
「……どうなんですか! もしかして、二人は付き合ってるんですか!?」
「いやいやいやいや! ちょっと待とう! 落ち着こう! どこからそんな僕の名誉が傷つけられそうな話になったんだ!? 僕らはただの幼馴染だし、ついでに言えば僕に男色の気は無い! ナユタが一方的に僕に惚れているだけだ!」
「おいコラ待て」
「そ、そうなんですか……!?」
「違うっ! ……おいコラ、ナナてめぇ。なんでそんなとんでも無い爆弾を投下しやがんだコノヤロウ。しかも着弾地点が違ぇんじゃねぇのか? あぁ?」
ナユタが物凄い表情で僕に掴みかかる。
ああ、幼馴染だからわかる。
ナユタはどうやら本気で怒り心頭のようだ。
だから僕はナユタに小声で、言った。
「そういう事にしておいた方が、女の子からの告白も少なくなるだろうし、傷つく女の子も減って良い事尽くめじゃないか」
「良かないだろ! 俺の尊厳はどこに行くと思ってんだてめぇ!」
「それはほら、それで」
「だったらてめぇも巻き込んでやろうか?」
「バカだなぁ。嫌に決まってるじゃないか」
「久しぶりにお前を殺意を抱いたよ。今なら人を殺すことぐらいは出来そうだ」
あの、ナユタさん。
目がマジですけど。
「とりあえず、あれだ。……空を飛ぶのと、地面に叩きつけられるのと、どっちが良い?」
「それ、どっちを選んでも僕は屋上から突き落とされるんじゃ……?」
「投げ落とすのと、突き落とすの違いだ」
「どっちも嫌だよ!」
「……あ、あの」
そんな僕達のじゃれ合いに、勇敢にも声をかけてきたその子。
「あぁっ!? てめぇはちょっと黙ってろ!」
「ひっ! は、はいっ!」
ナユタの一喝で、彼女は萎縮する。
表情が整っているだけに、ナユタは本気で怒ると怖いから。
「で、だ」
そしてナユタの照準が僕へと戻ってくる。
「ごめんなさいすいません申し訳ございません僕が調子に乗ってましたすいません今すぐ取り消すのでどうか僕の命だけはお助けくださいお願いします」
「……ったく。次そんな事言ったら、二ヶ月は流動食しか食えねぇ体にしてやるからな」
ナユタはしっかりと僕を脅しつけてから、解放した。
ナユタが間違った方向に進んでいたと考えると、ぞっとする。
はまりすぎ。
「というわけで今のはもちろん僕の冗談で、僕とナユタは幼い頃から仲良しってだけの幼馴染だよ。それ以上でも以下でもなく、友情以上友情以下。つまりは友情しか僕らの間に無いわけであって、僕達が恋人同士だなんていう誤解は二度と勘弁してもらいたいけど、ナユタの狼狽っぷりは見てて面白かったらあと一回ぐらいだったら構わな、いや嘘。冗談だからね、そんな視線だけで殺せそうな目で見ないでよナユタ」
「……は、はぁ」
その子はすっかり毒気が抜けたような表情で、僕の言葉を聞いていた。
「おい」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
不意にナユタに話しかけられたせいか、その子はなかなか面白い反応をしてくれた。
「冗談でも、今みたいな噂流すんじゃねぇぞ。もし流したら、生まれてきた事を後悔させてやるから、覚悟しとけ」
やたらと低音が響く声で、ナユタはその子に忠告をする。
いや、警告か?
「は、はいっ! 失礼しましたっ!」
その子は逃げるように屋上から去ろうとする。
「ああっ! 待って! こんな不機嫌なナユタと二人きりにしないでっ! この後ねっちりといじめられる未来が待ってるんだから! ねぇっ! ちょっとぉっ!」
僕の声は無常にもその子には届かなかったようで、屋上から駆け足で去っていったその子がいなくなった途端。
空気が一変したような気がした。
「それじゃあ、反省会と行くか」
実にドスの利いた声で、僕を睨みつけるナユタ。
「……あ、そうだ用事を思い出し」
「知るか」
「ちょっと用を足しに」
「ここでしろ」
暴君っぷりをいかんなく発揮しているナユタを止められる人は、残念ながらこの場にはおらず、僕はその後、始業のチャイムがなるまでねっちりとしっかりとナユタにいじめられた。