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屋上にて  作者: 朝霧海斗
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第八話〜過去の恋人〜

 僕がよく足を運ぶ屋上は、お世辞にも綺麗な場所ではない。

 床のコンクリートはところどころ剥げているし、なぜか壊れた机があったりするし、外観は最悪の部類に入るだろう。

 だから、というべきか、屋上が開放されているにも関わらず、この場所は人気が無い。

 毎日のように顔を出すのは僕ぐらいだ。


「……ああ、静寂って良いな」


 昨日の今日だからか、彼女は未だに姿を見せてはいない。

 そりゃ散々怒ってたから、もう二度とこの場所に来ることは無いだろう。辞書も投げつけられる心配も無く、久しぶりの一人の時間を僕は有効活用していた。

 とはいっても、している事はごつごつした床に背を預けて寝転んでいるだけなのだが。


 不意に、ナユタの言葉を思い出す。


「……俺の彼女は、サナエだけだ」


 その言葉は、嘘偽り無いナユタの本心だろう。

 だからこそ、余計に性質が悪い。

 サナエは、僕の一つ上の姉だ。他に姉が五人ばかりいるのだが、それはあまり考えたくないので割愛するとして、僕にとって唯一心の許せる姉だった。

 子供の頃は年が近いせいか、僕とナユタとサナエの三人で良く一緒になって遊んでいた。

 その関係は思春期の時期でも変わらず、サナエは年が違うのにも関わらず、中学校まで続いた。

 変化したのは、僕らが中学一年の頃。サナエが中学二年の頃。夏の事だ。

 簡単に言えば、サナエに好きな人が出来た。同時にナユタにも好きな人が出来た。

 その好きな人というのは、当時の僕には教えて貰えなかったため知らなかったのだが、それでも察する事ぐらいは出来た。

 要するにサナエとナユタは、お互いのことを好きあっていた。

 だがまあ、二人からしてみれば好きな相手には他に好きな人がいる、と思い込んでいたために進展は無かった。それどころか、だんだんと二人の距離は離れていった。

 傍から見ていると酷く滑稽にしか見えない二人だったのだが、その年を終え翌年。冬休みも終わり三学期を迎え、数ヶ月経った頃。

 紆余曲折を経て、二人はバレンタインデーの日に想いを伝え合い、恋人同士となった。

 まあその際に、僕が東奔西走していたりしたのだが、省略。

 年月は流れ、僕らは三人とも同じ高校に入学した。

 そして平穏な日々を過ごしていた中。

 それは起こる。

 僕とナユタが高校に入学して、一ヶ月が経過した五月。

 サナエが死んだ。

 交通事故で、即死だったそうだ。

 当然僕は泣いた。ナユタも泣いた。家族全員泣いた。

 だがナユタの落ち込みようは酷いもので、見ていられない程だった。今にも手首を掻っ切りそうな不景気な表情を滲ませ、そのくせ周囲には何でもない風に振舞う。それが実に痛々しくて見ていられなかった。

 友人を放っておくほど、人間が腐っちゃいない僕は何とかナユタを元気付けようと、さまざまな事を実践してみたが、まあ結果は惨敗。僕のお得意の口八丁でも、どうにもならなかった。

 そして、僕は逆ギレした。


「ええいっ! 女々しい男めっ! いつまでもじめじめじめじめと! お前はきのこでも栽培するつもりかっ! そりゃお前の気持ちはわからんでもないが、そんなんじゃサナエに愛想つかされるぞ!? ほら立て! いい加減、悲劇の主人公気取りは止めろ!」


「うるせぇっ! てめぇに俺の気持ちがわかってたまるかっ! サナエに愛想つかされるだと!? じゃあここにサナエを連れて来いっ! あの笑顔を俺にもう一度見せやがれ! あいつは、もう二度と、俺に話しかけてくれねぇんだ! 笑ってくれねぇんだ! しょうがないなって言って、俺の世話を焼いたりしてくれねぇんだ! 俺の気持ちがてめぇにわかってたまるかよっ!」


「ああ、わかるわけないだろう! 他人の気持ちなんかわかるわけないに決まってるだろうが! 僕は超能力者じゃないし心理学者でも無いんだ! だけどな、これだけは言っておくが、これ以上そんなお前なんか見たくないんだよ!」

 

 とまあ、今思い出してもなかなかはっちゃけた事をしたな、僕。と思ってしまうぐらいな論争ではあったが、それからナユタは徐々に回復の兆候を見せ始めてくれた。

 今ではすっかりと普通になってはいるが、未だに心の中にはサナエが住んでいる。

 だからこそ、ナユタは女子の好意を切り捨てるのだろう。

 多分、これは推測でしかないが、告白される度にナユタはサナエの事を思い出しているはずだ。そのため、二度と自分に近寄らないように、凶悪な言葉で追い払う。

 それは義務感のようなもの。

 サナエのためという大義名分。

 もうすでに、この世にはいない、サナエのため。


「……おい。ナナ。おい」


 そう声をかけられて、僕は目を開けた。

 そこにはいつからいたのか、ナユタが立っていた。


「……ああ、僕、寝てたのか……って、暗っ! うわっ! 今何時!?」


「九時」


「うそっ!? 僕、そんな寝てたのっ!?」


「うそだ」


「…………」


 ああ、なんとなく彼女の気持ちがわかった。

 これは辞書を投げつけたくもなる。


「まだ七時前だ。お前の下駄箱に靴あったから、探しに来てやったんだ。感謝しろ」


「あ、ああ。うん、ありがと」


「ほら、帰ろうぜ」


「そうだね。そろそろ帰らないと姉さん達の機嫌を損ねる事になりそうだし。いや、すでに怒ってる可能性もあるか……ねえナユタ、ものは相談なんだけど」


「泊めないぞ?」


 まだ相談していないのに、的確な言葉で断られてしまった。


「たまにはおもちゃにされて、姉孝行してやればいいじゃねぇか」


「君はされた事が無いからそういえるんだ。わかるか? 実の姉に無理やり服をひん剥かれて女物の服を強引に着させられるという、恥辱に塗れた好意を強制させられるんだ。男として何か大切なものが無くなっていく喪失感が、君にわかるか!?」


「はいはい、ほら帰るぞ」


「何を馬鹿な! 帰ったらそこは酒池肉林の大惨事だぞ!?」


「……その四字熟語は違うな」


 そして。

 僕らは久しぶりに帰路を共にした。


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