第七話〜美名な友人〜
「ねぇ、ナユタ」
昼休み。
例によって例の如く、僕はナユタと共に屋上で昼食をとっていた。
「君さ、そろそろ彼女作ろうとか思わないわけ?」
「……何だよ急に」
なんとなく……いや、昨日あんな事を言われたから、ついつい尋ねた言葉は予想通りナユタを不機嫌にするだけだった。
些細な変化だが、ナユタの言葉に若干ながらもトゲが含まれている。
「あれからさ、二年経ったんだし。そろそろ……」
「その話はするな」
この話は終わりだ、と言わんばかりにナユタはそう遮った。
いやまあ、こうなるのはわかりきっていたけれど。
「……あの」
不意に、声をかけられた。
見知らぬ女の子だった。
そして屋上の扉から隠れているつもりなのか、こちらを覗いている女子数名。
実にわかりやすいといえばわかりやすい光景だった。
「やあこんにちわ。いや、この場合は初めましてというべきなのかな? とはいってもたまたま廊下ですれ違った事ぐらいはあるだろうから、その挨拶は適切じゃあないのか。だとしたら、やはりこんにちわで行くことにして、こんにちわ。君、僕達に何か用かな?」
「あ……その」
突然現れたその子は、僕の捲くし立てた言葉に驚いたのか呆れたのか、何も言えないでいる。
リボンの色から一年生のようで、まだどことなく初々しい感じが残っている。
「あ、あの! な、ナユタ先輩っ! お、お、お話が、あ、ありっ、ありますっ!」
まあ当然というか、わかっていたというか、その子は顔を真っ赤にしながらナユタにそう言った。
はっきり言って、ナユタは美形である。男の僕から見てもカッコいいと思えるほど、整った容姿をしている。ついでに運動も出来るし、勉強も悪いわけじゃあない。性格に少々の難があったりもするが、それを差し引いてでも男として完成しているわけだ。
ゆえにモテる。そりゃもうモテる。ムカつくぐらいにモテる。
「えと、そ、それで、あ、あの」
チラチラと僕の方を見てくるその子。
ああ、わかってる。僕にはとっととご退場願っているのは理解している。
だが、僕はその視線を一切合切無視して、ナユタの表情を伺った。
ナユタは話を聞いているのかいないのか、まるでその女の子がいる事など知らないかのように、弁当をつついている。そして、顔は若干不機嫌そうだ。
だから、仕方なく僕は口を開く。
「ところで君、お昼ご飯は食べたのかな? 見ての通り僕達は昼食の真っ最中でね、食事中には食事に集中しろという祖母のありがたいお言葉を授かっている僕にしてみれば、あまり会話をするのは遠慮しておきたいんだ。それとも君はその程度の良識すらない非常識な人間なのかな? どちらにせよ、僕達は今昼食中で邪魔をされたくないんだ。理解してくれたかな?」
「え、あ、あの、は、はい……でも、その」
「待っていても無駄だと思うよ。僕達は食事を摂るのが非常に遅いからね。これも祖母の言いつけでね、最低二十回は噛んで食べなさいという言葉を未だに守っているからなんだけど、やはり幼い頃から躾けられた記憶というものはなかなか抜けないものでね。三つ子の魂百までとは良く言うけど、実に上手い事を言ったもんだよ。昔の人は」
「は、はぁ」
「だから、目の前から消えてくれない? 出口はあちらだよ」
屋上の扉を指差し、僕ははっきりとそう言って、食事を再開する。
大抵の人ならば、これで退散してくれるはずだった。
「あ、あなたにそんな事言われる筋合いは無いです! 私は、ナユタ先輩に……」
その子がそう言った途端、ナユタはその子の方を睨むように見て、口を開いた。
「じゃあはっきり言ってやる、う」
「わーーーーーーーっ!!」
僕はナユタの言葉を遮るために大声を出す。
……ナユタの奴、一体何を言おうとしやがった。
「僕にそんな事を言われる筋合いが無いとか君は言ったけど、だとしたら君にもそんな事を言う筋合いは無いんじゃないかな? 先にナユタと食事をしていたのは僕だし、そこに突然現れた君が僕らの昼食の邪魔をする道理なんて無いだろう? 君はつまり自分の都合をただ相手に押し付けるだけの、傲慢な人間でしかないわけだ。少しはこちらの都合を考える配慮っていう事が出来ないのかな。君は。そんなんじゃ、好きな相手に好かれる事はまず無いし、例え君が勇気を持って想いを打ち明けたとしても、届くはずが無いよ」
柔らかい口調で、僕は『君のような人間、ナユタが好きになるはずが無い』と、暗に言っている。
頭が悪い人間にはこのような遠回しな言い方は通じないのだが、その子はどうやら理解してくれたようである。
その子はチラリとナユタの表情を伺う。そこに浮かんでいるのは不機嫌です、と一瞬でわかってしまうほど厳しいもので、僕の言葉が事実だという事を示している。
……まあ、例えどんな女の子であろうが、ナユタは不機嫌になるのだが。
彼女は今にも泣き出しそうな顔で、僕の方をキッと睨んでから、走り去っていった。
「ナナ。なんで邪魔した」
「さて。なんの事? 僕はただ思った事を口にしただけで他意はないよ? むしろ僕は君が一体どんな罵声を言うつもりだったのかが気になるね」
僕は卵焼きを頬張りながら、そう言った。
「別に、うぜぇから目の前から消えうせて二度と俺の前に現れんな。とか、そんな事を言うつもりだっただけだ」
「止めて正解だったかもね。そんな事、惚れてる男の口から言われたらダメージでかすぎでしょ。っていうかさ、君がもう少し柔らかい言い方で、望まない愛情を捌いてくれたら僕がもう少し楽できるんだけど」
「はっきり言ってやった方が諦めがつくってもんだろ。っつーか、ナナが別にしゃしゃり出てくる必要ねぇだろうが」
「君の言葉は暴力的すぎるんだよ。それで女の子が傷つくのは正直見てて気持ちの良いもんじゃないからね」
「それでナナが嫌われてるようじゃ世話ねぇだろ」
まあ、つまりそういう事だ。
ナユタはモテる癖に今まで受けた告白は全て断っている。しかもその断り方が尋常じゃなく急角度なため、ナユタに告白した女の子達はことごとく傷心している。それもかなりのダメージで。
一度、ナユタに告白して予想外のダメージを受けた女の子が、この屋上で自殺を図った事があった。たまたまそこに居合わせた僕が、口八丁で何とか思いとどまらせる事に成功したのだが、一度ある事は二度あり、二度あることは三度ある。僕はそれ以来、友人の名が自殺者の遺書に乗らないように、さりげなく女の子達を追い払っているというわけだ。
まるで僕がヤキモチを妬いている彼女のような立ち位置にいるのだが、当然のようにこれは友人と女の子のためにやっている事であって、他に意図するところは無い。まあそのせいで、僕は女子から嫌われており、一部からはホモ疑惑なんてのもあったりするから、正直やってられない気はするのだが。
「君が彼女を作ってくれれば、それで丸く収まるんだけどね」
「……俺の彼女は、サナエだ」
「…………」
まあ、そう言うとは思ったけど。
とにかく、もうしばらくこの役を続ける必要がありそうだった。
僕はから揚げを口に放り込み、十回程度噛んでから、飲み込んだ。