第六話〜憤慨な彼女〜
放課後、もう言う必要も無いぐらいにいつも通りに屋上へ到着すると、やはりいつものようにミナギがいた。……あれ、ミソギだっけ? まあとにかく、例の彼女がいた。
いつもと少しばかり違うのは、その子の隣に知らない女の子がいるという事ぐらいである。
「あ、来た」
彼女は、ようやく来やがったかコノヤロウという視線で僕を射抜くと、そう言った。
「……あ、こんにちわ」
見知らぬ女の子にまでも挨拶されてしまう。リボンの色からして彼女と同じ学年という事がわかる。
「やあこんにちわ。今日は実に、世の主婦達が布団を干してしまいそうなくらい良い天気だね。僕も学業などというものが無ければ、保育園児の如く昼に惰眠を貪るという行為をしたいぐらいに良い天気だ。しかし、今でも保育園は昼寝という制度があるのかな? まあどうでも良い事なんだけど。ところで君誰?」
どうやら僕は今日も絶好調らしい。
「あ、私は二年の……」
「ちょぉっとちょっと! あんた、私に名前聞かなかったくせになんでハルナには聞いてんのよ!?」
ちぃっ。気づいたか。
邪魔はされたが、結果的に名前を知ることが出来たので良しとしよう。
「ところでハルナちゃん」
「は、はい」
「私は無視かっ! さりげなく名前で呼んでるし!」
外野は無視する事にして。
「大丈夫だったかい? どこか怪我は? だめだよ、君みたいなか弱い女の子がこんな初対面の相手に辞書を投げつけてくるような奴にほいほい着いて来ちゃ。何をされたかは知らないけど、泣き寝入りが一番だめなんだ。とにかく僕と一緒に職員室に行って、こいつの悪事をチクリに行こうじゃないか。そしてこの悪魔を学校から追放しうわっ!!」
気持ちよく喋っていたところに、辞書が飛んできた。
運動神経がさほど良いとは言えない僕がそれを交わすことが出来たのは、恐らく奇跡か何かの類だったのだろう。
「ちっ」
そして舌打ち。
だからどうしてこう、彼女は殺し急いでいるというのか。
「あ、あのっ! 違います、そういうんじゃ! ナギちゃんは私の友達でっ!」
僕の言葉を本気で受け取ってしまったのか、ハルナちゃんは必死で彼女の弁護を始める。
「異議ありっ! 君みたいな可愛い子がこんな女と友達なわけないじゃないか!」
「ナナちゃん、あんた一回ぐらい死んどく?」
まったく、僕の会話は話半分に聞くと先日言っていたばかりだというのに。
これだから狭量の人間は嫌だ。
「まあ、冗談はともかくとして。君にも友達が居たんだね。いつも一人で屋上に来るから、その暴力的な性格が災いして、友達の一人もいないものだと思ってたよ」
「その言葉、あんたにそっくり返させてもらうわ」
失敬な、僕にだって友達はいる。
ナユタとか。
あと、ナユタとか。
……えっと、ナユタとか?
あれ、僕って友達少ないのか?
「……あー、ヘコんでるところ悪いけど、ちょっとあんたに頼みがあるんだけど」
「……金なら無いけど」
「違うわよ。この子」
彼女は僕らの会話におたおたしていた彼女を指差した。
「この子さ、ナユタ先輩の事好きなのよ」
いきなりぶっちゃけられた。
そしていきなりぶっちゃけられたハルナちゃんは顔を真っ赤にしている。
ウブで実に可愛らしい。
「で、あんたナユタ先輩と一応、うん一応友達でしょ?」
「一応を強調するところに悪意を感じるけど、まあ友達だよ。腐れ縁とも言うけど」
改めて言う事も無いだろうが、僕とナユタは幼馴染である。
ゆえに、付き合いは一番長く、お互いの事は大体理解している。
「つまりあれか。僕にその子とナユタをくっつけるサポートをして欲しいってわけ?」
「そう、話が早くて助かるわ」
「断る」
僕はきっぱりはっきりそう言った。
「ちょっ! なんでよっ! 協力してくれたって良いじゃない!」
「……うーん。それをやって僕に何かメリットはあるのかな? そもそも知り合って間もない人間の手助けをするほど僕はお人好しじゃないし、偽善者でもない。第一、無関係であるはずの君がハルナちゃんの代弁をする時点で気に食わないし、そういう事は本人直々で協力を請うのが筋だと思うよ。違うかな、ハルナちゃん?」
「……そ、それは。その」
僕の言葉にハルナちゃんは困ったように言葉を詰まらせる。
「ハルナは引っ込み思案なの! だから私が代わりに言ってるだけでしょ!? それに協力料ぐらいだったらあげるわよ!」
「ああ、いや。報酬とかの問題じゃないんだよ。この場合。言っておくけど、生半可な報酬じゃあ僕は協力しないし、例えハルナちゃんが僕に直に言ってきたとしても断ると思うし」
「……じゃあ何。意地でも協力したくないってわけ?」
彼女の声色が変わる。
今まで聞いたこともないくらい低く、怒っている事を隠そうともしない声。
「まあ、言い方を変えるとそうなるね」
本当は、もう少しばかり深い事情があるのだが、友人のプライバシーに関わる事を吹聴するのは得策とは思えない。
だからここは、僕が悪役に徹するのが最善だ。
「……その、どうして、ですか?」
今まで黙っていたハルナちゃんがそう尋ねてきた。
「だから言ってるじゃないか。僕はそんなにお人好しじゃないし偽善者でもない」
「うそです。先輩は、そんな風には見えません」
ああもう。
なんで彼女にしろハルナちゃんにしろ、僕はうそつき呼ばわりされるんだ。
「うそじゃないよ。……というかこの際はっきり言うけど、面倒くさいんだ。そういうの。今まで言った事は全部建前で、それが本心。だから諦めた方が良いよ」
いっそのこと、ナユタ自身を諦めて欲しいところではあるが。
「……そうですか。わかり、ました」
少し落ち込んだ様子で、ハルナちゃんはゆっくりと屋上から去っていく。
「ちょ、ハルナ! 待ってよ!」
「ねえ、君」
「何よ、この人でなし! あんたに頼んだ私がバカだったわ!」
「傷ついてからフォローするのとさ、傷つく前に救い出すのと、どっちが良いと思う?」
「はぁっ!?」
ものすごい形相で睨まれてしまった。
鬼だ。鬼がいる。
「まあ良いや。それより、こういう場合の作法はよくわからないけど、早く追ってあげた方が良いんじゃないの?」
「……っ! 言われなくてもわかってるわよっ!」
彼女は派手に音を立てて屋上から出て行った。
「はぁ……面倒な事に巻き込まれたなぁ」
僕は一人、そう呟いて、仰向けに寝転んだ。
空が、憎たらしいくらい青かった。