第四話〜性悪な友人〜
「お、その唐揚げうまそうだな。一つくれよ」
昼休み。
僕は屋上にて、古くからの馴染みであるナユタと共に弁当を広げていた。
「ナユタ。この世の中はケースバイケースなんだ。ノーリスクでリターンを得ようなんて、世の中をなめきっているとしか思えないね。そんなんだから近い将来、胡散臭いが魅力的な甘言に誑かされ、詐欺に遭うんだ。そしてそのせいで一家は借金まみれとなり、妻と子供には逃げられ、最終的には自殺という形で人生に幕を降ろすという最悪な結末を迎える事になるんだ」
「人の人生を勝手に滅茶苦茶にすんじゃねぇよ。素直に欲しいもんがあるならそう言えないのかね、お前は」
「僕から無駄な口上を取ったら際立つ個性が無くなるじゃないか」
「……一応自覚はしてるんだな」
ナユタはため息を吐きつつ、自分の弁当箱から魚の切り身を差し出す。言わなくても僕の欲しいものがわかるあたり、さすがは幼馴染みである。
「そうだ、ナナ。一つ聞きたいんだが」
「その名で呼ぶなと何度言えば君は理解してくれるのかな? そんな女みたいな名前をつけられた僕の気持ちなんて、君にとっては実にどうでも良いことかも知れないが、僕はその名前で呼ばれる度に傷つき易いガラスの如きハートにひびが入っているんだよ? もし僕が不登校になったら間違い無く君のせいだから、今の内から罪悪感に蝕まれるといいさ」
「で、ナナ。お前、一個下の時計坂ミナギって知ってる?」
「ナユタ……君は人の話を聞いていたかい?」
僕が拒絶の言葉を発したと言うのに、ナユタは意も介さないかのように僕をナナなどという名前で呼んでくれた。確かに僕の名はナナではあるが、しかし女のようであり犬のようでもあるその名を嫌う僕からすれば即刻改名をしたいくらいであり、その名で呼んで欲しくは無い。
「で、知ってるのか知らないのか、どっちだ。ナナ」
というのに、この腐れ縁の男はニヤニヤと笑いながらわざとらしくその名で呼んでくれる。
まあ、絶対にわざとなんだろうが。
「……そんな名前の奴は知らないね。少なくとも現時点での僕の記憶には収まっていない名前だ。それで、その何某なんとかさんがどうかしたの?」
「時計坂ミナギだ。まあ、知らないなら一向に構わないんだが、さっき教室にそんな子が訪ねてきて、お前の名前を聞いてきたんだよ」
それはつまり僕に興味を持った女子が、勇気を振り絞り僕の情報を得ようとわざわざ教室まで来たという事だろうか?
「ふふん、ついに僕の魅力に気付く女の子が現れたか」
「いや、違うと思うぞ」
きれいさっぱりばっさりきっぱりと、ナユタが気分の良い僕に水を差す。
「なんの根拠があって違うと言い切るんだ。万が一にも可能性はあるかも知れないじゃないか」
「自分で万が一っつってる時点でどうかと思うが」
僕は自分を過剰評価も過小評価もしない男なのだ。
「まあ、確かに根拠は無いが、何というか、その子、ナナの名前を教えたら、新しいおもちゃを見つけた子供みたいな表情を浮かべてたから」
ナユタの言葉に、不意に一人の女子が脳裏に浮かんできた。
「もしかしてもしかすると、その何某なんとかって子はこう、髪が無駄に長くて、ちょいとつり目気味だけど美人と形容しても良さそうな容姿で、背は僕と同じかちょっと高いくらいで、なんか嘘くさい敬語を使ったりしてなかった?」
それは言うまでもなく、僕に辞書を投げつけ、僕を無理やり連れ回した件の彼女の容姿である。
「あれ、やっぱ知ってるのか。ナナも隅に置けねぇじゃないの。なに、どういう関係?」
「どういうも何も、奴は敵だ。僕の安息な時間を邪魔する巨悪の根源だ。それからナナって言うなと何度言えばわかってもらえるんだろうね、君は。……というか、教えたのか!? 僕の名前を奴に教えたのか!?」
「さっきそう言ったじゃねぇか」
最悪だ。
恐らく、放課後の屋上にのこのこと赴けば、ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる彼女が開口一番、
「ナナちゃん」などと小馬鹿なするような口調で言うに違いない。
「な、なんて事をしてくれたんだ、お前は!」
「なんだよ、俺は可愛い後輩のために質問に答えただけだろうが」
「お前のその無神経な発言のせいで、僕の安寧な放課後の時間が崩れ去ったんだぞ! 僕の安息の時間を返せ、この時間泥棒!」
「いや、そんなファンシーな盗っ人になった覚えは無いんだが」
チャイムが鳴った。
まるでそれは僕のKOを報せるゴングのようであった。