第三話〜驚愕な彼女〜
「そういえば、あんた名前は?」
今日も今日とて、放課後の屋上へと足繁く通う僕なのだが、最近よく顔を見るようになった彼女のせいで、憩いの時間ともいうべき、一人の時間が減少しつつあるように思う。しかしながら彼女は僕の思想など意に解さず、唐突にそんな事を尋ねてきた。
「なんか今更って感じがするし、名前を知らなくたってコミュニケーションは取れると思うんだ。現に君と出会ってからお互いが名を呼び合わなくとも会話は出来ていたし、そこに不都合は無かったはずだ」
「要するに、教えたくないわけね」
「そうとも言う」
正直僕は自分の名前が嫌いである。故に他人に言いたくないのは当然で、できることならば僕のことは、あんたやお前などといった代名詞でもって呼んでほしいぐらいだ。そのことを古くからの馴染みである友人に言ったところ、
「そう呼べって言われたのは初めてだ」
などと言われてしまった。そのくせそいつは面白がっているのか何なのかは知らないが、僕の事を頑なに名前で呼ぶところを見ると、性格が歪んでいるのだろう。僕が言うことでもないが。
「そう言われると、余計に知りたくなるわね」
彼女の口元がつり上がる。まるで面白いおもちゃを見つけたかのような笑みだ。
「君はそういうかもしれないけど、好奇心は猫をも殺すというように無駄に興味を持ってしまったがばっかりに危機へと誘われるのは良くある話で、実は僕が某国の何某王子だったりしたら君は機密を知ってしまった不幸な女子高生という位置付けになってしまうけど、それでも良いのかい?」
「んなわけあるか」
一蹴されてしまった。どこか痛い人を見る目で見られてしまう。
「じゃあ質問を変えるけど、あんた何組?」
「三組」
僕は素直に答えてやる。
「……うそつけ」
嘘つき呼ばわりされてしまった。酷く心外だ。
「うそじゃないよ。君は何を根拠に人を狼少年の如く嘘つき呼ばわりするのかな」
「だって、私も三組だし」
どうやら彼女も三組らしい。しかし記憶力があまり良いとは言えない僕でも、クラスメートの顔ぐらいは覚えているし、彼女が同じクラスでは無いこともわかる。
だとしたら答えは一つしかない。
「今更かも知れないけど、僕三年生だからね?」
「……またまたぁ、嘘ばっか」
「生徒手帳見せようか?」
彼女は実に面白い感じに狼狽していく。どうやら本当に気づいていなかったらしい。
「じゃあ、あんた先輩なわけ!?」
「うん。そういう君はリボンの色からして二年生だね。年上に敬意を払えとか、そんな時代錯誤なことは言うつもりは無いけど、人を思いっきり指差した上に、年上には見えねぇほどの童顔じゃねぇかって感じで僕を見るのは止めてくれないかな」
一部、被害妄想が入っているけど。
「そ、それは想定外というか、意外というか……」
それは暗に僕が年上に見えないとでも言いたいのかな? どうやら被害妄想では無かったようである。
「そ、その先輩はもしかして始めから気付いてたの……ですか?」
「先輩だって分かった途端に似非敬語な口調になるのは大いに結構だけど、今更としか言いようがないしそんな口調で喋られると気味が悪いから普通にしてくれないかな。調子が狂う」
それはもう、背筋に鳥肌が立ちそうなくらいな違和感だ。
「じゃ、じゃあ、あんた始めから知ってたわけ?!」
口調が変わると怒鳴られた。どちらにしても僕の不快指数は上がるらしい。
「色々と言いたい事はあるけど割愛するとして、その質問に対する答えはイエスだね」
「……〜! あーっ、もうっ! だったら始めから言いなさいよ!」
言ったところで僕は辞書を投げつけられただろうし、無理やりストレス発散に付き合わされていただろうから、さして意味は無さそうだが。
「というか、別に学年が違うとわかったからって何が変わるわけでも無いと思うんだけど」
「わかってるわよ! わかってるけど、こう、なんていうか……あー! 釈然としないっ!」
それはこっちのセリフだ。
そしてこの日、結局僕の名前に関してはうやむやとなり、狼狽する彼女を置いて帰宅した。