第二十七話〜虚像な少女〜
さも当然のように、放課後の屋上に足を運ぶと、そこにはやはり彼女が居た。
今日はハルナちゃんも一緒である。
「やあハルナちゃん。久しぶりだね。元気だったかい? 僕としては君のような愛くるしい子とは、毎日でも楽しい会話を繰り広げたいところだけど現実はそうそう甘くなくてね。これが俗に言う、ロミオとジュリエット症候群ってやつなんだろうね」
「……いや、うん。予想がついてたとは言え、そこまで盛大に無視されると怒る気も失せるわ。っていうか、何出会い頭でハルナを口説いてるのよ」
「別に口説いちゃいないさ。これが僕のコミュニケーション方法なだけだよ」
「そんな事、私は言われた事無いんだけど」
「いいかい、君。今のは対女性用に使う挨拶みたいなものなんだよ。どうしてそれを君に使わなくちゃいけないんだ」
「……ナナちゃんが私をどういう目で見てるのか、よーく分かったわ」
相変わらず、僕は絶好調のようだった。
「でも珍しいね、二人で屋上なんて。最近めっきり見ない組み合わせじゃないか。僕はてっきり、君達は破局したものだとばかり」
「待て。それは待って。なんかその言い方だと背景に百合が似合いそうな光景になるから待って」
「落ち着きなよ。別に僕は同性愛に偏見を持つような頭の固い人間じゃないから。僕は温かく見守るよ?」
「そろそろ辞書の出番かしら」
「くそっ、そう来られたら僕は謝るしかなくなるじゃないか! ごめんなさい!」
実に貧弱な僕である。
だって、あの辞書、本気で痛いし。
「まあ冗談はともかくとして、本当に久しぶりだね、ハルナちゃん」
「ど、どうも。ご無沙汰してます」
「うん。実に礼儀正しいね。どこかの誰かさんとは大違いだ。そのどこかの誰かさんに爪の垢でも煎じて飲ませたいよ。ほんと」
「ちらちらと私に視線向ける辺り、ケンカを売られてると判断していいのかしら」
「何を言ってるんだ。別に君の事を言っているわけじゃないよ。僕はただ、すぐに辞書を取り出して攻撃しようとしたり、異性に告白された事が無いくせに同性に告白されるという過去を持ち、先輩である僕に向かってナナちゃんなどという侮辱でも何物でもない呼称で呼びやがる、どこかの誰かさんの事を言ってるだけだよ」
「なぜか私に身に覚えがある事ばかりね。不思議だわ」
「へぇ。そうなんだ。それは偶然だね。まあ、君の事だし」
「やっぱりね! そうだろうと思ってたわよ!」
そんな僕らのやり取りを、ハルナちゃんは楽しそうに見ている。
いつぞや泣いていた時とは、まるで正反対の表情だ。
だけど。
なにかが僕には気になった。
「んー、ハルナちゃんさ」
「あ、はい。なんですか?」
「なんかあった? というか、なんか悩み事でもあるの?」
「……え?」
「うーん。なんだろう。なんて言えば良いのかな。笑顔がさ、なんかこう、うそ臭かったんだよね」
「そ、そんな事無いですよ。きっと先輩の気のせいです。気の迷いです」
「気の迷いはちょっと違うような気がするけど……ま、いいや。君がそう言うんならそうなのかもね」
「あのー、すいません。私の事、置いていかないでもらえないでしょうか」
「ん? 居たの?」
「ナナちゃんは少し、ハルナの分の優しさを私に向けても良いと思う」
「何を言ってるんだ。これ以上ないくらい優しくしてあげてるじゃないか。はっきり言ってこれ以上優しくしたら、君の精神はボロボロになって廃人同然になるよ? それでも良いなら優しくするけど」
「多分、私の言ってる優しさとナナちゃんの言う優しさは別の物だと思う」
「あ、あの。私、ちょっと用事思い出したから、先に帰るね」
不意に、唐突に。
ハルナちゃんはそう言って、屋上から逃げるように出て行った。
あまりにも突然の事に、僕と彼女は呆然としてハルナちゃんを見送るしかなく、僕らはゆっくりと顔を見合わせて、言った。
「君のせいだ」
「ナナちゃんのせいよ」
同時に責任を押し付けあう姿は、実に醜かった。
「なによ、ナナちゃんがあんな変な事言うから、ハルナが機嫌悪くしたんじゃないの?」
「変な事とは何だ。っていうか君は気づかなかったのかい? ハルナちゃん、何か悩み事があると思うよ?」
「そう? 私には普通に見えたけど」
「んー。そんな事無いと思うんだけどなぁ。ハルナちゃんさ、無理に笑ってたような気がするんだよね。もしくは作り笑い」
「そうか、ナナちゃんはあれね。人間不信の極みに到達しちゃったのね。表情や仕草までをも疑う、可哀想な人間なのか」
「……そんな憐れんだ目で見られると、本当に僕がそうなってしまったんじゃないかと思えてくるからやめてくれないかな。ただでさえ、今回は自信が無いんだから。ただなんとなくそう思ったってだけで」
まあ、僕の気のせいならそれで良い。
だけど、僕にはやはり、どうしてもハルナちゃんが無理して明るく振舞ってるようにしか見えなかった。
「ま、いいか。明日さ、ハルナちゃんに会ったら謝っておいてよ。君の気持ちは嬉しいけど、君と付き合うことが出来ない。僕にはナユタが居るからって」
「わかった。一字一句漏らさずに伝えるわ。ついでにナユタ先輩にも」
「ごめん。僕が悪かったから普通に伝えて」
ハルナちゃんの事は気がかりだったが、それから僕らは実に下らない話をしてから帰宅した。
さて、なっちゃんの事はどうしようか。
未だに答えの出せない、情け無い僕であった。
恐らく、もしくは、多分、年内の更新はこれで最後と思われます。
あわよくば、時間が取れたならば更新するかも知れませんが、あまり期待はしない方が懸命です。
以上、臨時ニュースをお伝えしました。