第二十三話〜説教な彼女〜
例えば。
ナユタが唐突に、
「俺、地球外でも生きていける」
などと、馬鹿げた事をほざいたとして、
「へぇ、それは凄いね。確かにナユタは殺しても死なないような人間だとは思っていたけど、そこまで生命維持活動が活発だとは思わなかったよ。それじゃあ今度、宇宙に行って実証してもらおうじゃないか」
などと、売り言葉に買い言葉とも言える発言をするのだろう。
もしかしたら、僕の精神状態によっては「うそつけ」と一蹴して、つまらない冗談に少しばかりの説教をするかもしれないが、これは例え話であるため、そのような状況は考えないことにする。
とはいえ、実際問題宇宙に行くなどという行為は、いくら地球の文明が発展しているとはいえ、海外旅行へ行くような気軽さで行えるものではない。莫大な資金を費やせば、それなりに可能なのかもしれないが、日々を細々と生きる僕にはそんなお金など到底出せるはずも無い。
故に、そんな検証は不可能である。
だからこそ、ナユタの言葉が本当なのか嘘なのか、判断のつきようが無い。
常識的に考えればそれが嘘である事は明白なのだが、それでも証明していない事には真実にはならないのだ。
もう一つ例え話を出すとして、例えば僕を好きだとのたまう女の子がいるとする。
ご存知の通り、僕は女の子に嫌われる事はあっても、好かれる事はまかり間違ってもありえない。軽率な言葉で相手を傷つけ、軽薄な態度で相手を翻弄する僕に、好かれる要素などありえない。
だからこそ、僕に好意を持つ子など存在しうるはずが無い。
だが、その女の子は僕の事を好きだという。
邪推してしまえば、本命はナユタであり、僕はその架け橋として利用されているだけとも考えられる。或いはもっと、僕の考えの及ばぬ考えがあるのかもしれない。
もしかしたら本当に僕の事が好きだという奇特な人かもしれない。
しかしながら、その女の子の本当の気持ちを知る術など存在せず、テレパシーなどという架空の特殊能力を会得しない限り、検証は不可能である。
まあつまり、何が言いたいのかといえば。
昼間のなっちゃんの態度は、果たして一体どういった意味があるのか。
という事である。
「……とりあえずさぁ、ナナちゃん。一つ言っておきたいんだけど」
放課後の屋上。
女子の友人がほぼ皆無である僕は、女の子の意見を聞きたくて彼女に相談をしていた。
僕が相談などという殊勝な心を持っていたのは大いに喜ばしいことだが、そもそも真っ当な恋愛を経験していない(であろう)彼女に相談したのは間違いだったのでは無いかとも思い始めている。
「バカじゃないの?」
「うわっ、びっくりした! 相談した途端にバカって言われるとは思わなかった!」
「だって、ねぇ。そんなの当たり前じゃん」
僕が授業中、授業を放棄してまで考え込んだ内容を当たり前と言われてしまった。
「だから私達には言葉があるんじゃないの? 自分の気持ちを相手に伝えるために、言葉ってもんがあるんじゃないの?」
「でもさ、言葉なんて所詮上っ面だけじゃないか。僕のように虚実織り交ぜて会話をするような人間もいることだし、結局のところ言葉という伝達方法には欠陥があるようにも思えるんだ」
「……あー、なるほどね。あんたって、ホント終わってるわね」
終わってる?
何がだろう。
「人生」
「うわっ、びっくりしたっ! 相談してるのに、まさか僕が生まれて来てから過ごしてきたこの二十年弱の人生を否定されるとは思わなかった!」
「要するにナナちゃんってさ、他人の言葉って信用出来ないタイプでしょ?」
「当たり前じゃないか。相手の言葉を馬鹿みたいに信用したら、それこそバカを見る。それに嘘をつかない人間なんていないんだよ。良い意味でも、悪い意味でも。だから僕は人の話は話半分に聞くようにしてるんだ」
「それで、あんたも話半分に話してるわけね。いつも」
呆れたようにため息をつきながら、汚物を見るような目で僕を射抜いてくる。
「呆れた」
言葉にも出されてしまった。
「あのねぇ、だからそんなのは当たり前なんだって」
「当たり前……ね。まあそうだろうさ。嘘を吐かない人間なんて存在しないからね。いたとしたら、それは神か嘘をついたら鼻が伸びる体質の人ぐらいだろうね」
「そうじゃなくて」
彼女は僕の言葉を遮るかのように、否定するかのようにそう言った。
「そんな事、考えるまでも無く分かりきった事じゃない。そりゃ私だってナナちゃんほどじゃないにせよ、嘘はつくわよ」
「そうだろうね。君は人間だもんね。とてもそうは見えないけど」
「茶化すな。……それでもさ、やっぱ人付き合いってのは言葉が無きゃダメなのよ。それに、信じる心っていうの? あーもう! なんか言ってて恥ずいわね!」
「うん。実のところ、僕は今必死で笑いを堪えてる」
「あんた、真面目に話を聞く気はあるわけっ!?」
ごめん、実のところあまり無い。
やっぱり僕は、真面目な話よりも人をからかう方が好きらしい。
わかってた事ではあるが。
「とにかくっ! 大体、そんな常日頃から嘘をつく人なんか、そうそういないわよ。ああ、ナナちゃんは除いてだけど」
「うん。それは知ってるよ。嘘って案外、無理矢理つくのは難しいものだからね。頭の回転が良くないと出来ないんじゃないかな」
「さりげなく自分の頭の自慢してんじゃないわよ」
「だって、良いものは良いって言うべきだと思うんだ」
「そういう時こそ嘘つきなさいよ。謙虚な心は日本人の美徳でしょ?」
「実は僕、日本人じゃないんだ」
「そういうどうでも良い嘘つかなくていいから。……ああもうっ! 話がずれるっ!」
それも割と盛大に。
僕らって根本的なところからして、シリアスは向いていないのかも知れなかった。
「それで、どこまで話たっけ?」
「僕が日本人じゃないところから」
「……ああ、そうそう。日頃から嘘をつく人間なんかいないってとこだっけ」
彼女は咳払いを一つしてから、話し始める。
どうでもいいが、その仕草はジジくさかった。
「そこで話は大元に戻るけど、なっちゃんは嘘なんかつくような人じゃないでしょ?」
「というか、嘘をつくのが下手そうだよね。だから可愛いんだけどさ。君にもなっちゃんぐらいの可愛げがあれば、モテると思うんだけどね」
「そこまで分かってるなら、そういう事なんじゃないの?」
まあうん、確かにそうではあるけど。
僕は生憎、ラブコメにありがちな主人公のように鈍感ではないわけだし、人間観察を趣味としているわけだから、相手の感情を汲み取るなど容易い事である。
だからきっと、なっちゃんは僕に友情以上の好意を持っているのは間違いないのだろう。
「でもさ、やっぱり僕としては信じられないというか、うそ臭いというか。なんていえばいいかな、現実味が無いって感じなんだよね。大体さ、なっちゃんはナユタの事が好きだったんだよ? なのにいきなり僕に鞍替えするなんて事って、あるかな?」
「乙女の心は秋の空より移ろいやすいのよ」
「君は、どうだったのさ。えーっと、部活の先輩だったっけ? 告白した後に、すぐ他に好きな人とか出来たりしたかい?」
「私は別に、そういう事は無かったわね」
「参考にならないか。予想通りだ」
「あんた、相談しといてその言い方はどうかと思う」
「でもまだ、なっちゃんが僕の事を好きって決まったわけじゃないしね。もしかしたら持病の発作が出たのかも知れないし」
「……うーん、あのさぁナナちゃん。一つ聞いていい?」
「ん? なにかな? 相談に乗ってもらったお礼に、スリーサイズの一つなら教えてあげても良いけど」
「なっちゃんの事、嫌なわけ?」
彼女の言葉に、僕は少し考え込んでしまった。
別になっちゃんの事は嫌いじゃない。むしろ好きの部類に入るだろう。
可愛いし、からかい甲斐があるし、弄び甲斐もある。
あれ、なんだ。
僕って、なっちゃんの事、結構気に入ってんじゃないか?
「いや、うん。嫌じゃないね。むしろ大好物に近い」
「だったらさ、別に良いんじゃないの? そりゃまだ告白されたわけじゃないけど、いっその事付き合っちゃえば?」
「…………」
付き合う。
それはつまり恋人同士になるという事であって、他意は無いだろう。
そもそも恋人同士ってなんだ?
放課後一緒に帰って、寄り道なんかして、手を繋ぎあって、別れ際にキスなんぞして。
……まるで想像が出来ない。
「ねえ、バカみたいな事聞くようだけどさ。恋人って何?」
「バカ?」
「ええいっ! わかってるさそんな事! でも聞くは一時の恥というじゃないか!」
「それにしたって、ねぇ?」
「くそぅ、君に聞いた僕がバカだったよ! もう帰るっ!」
「やーい、バーカバーカ」
彼女に殺意を抱いたのは、これが初めてだった。
僕は憤慨しながら屋上を後にする。
しかし、まあ。
あまり人から好意を受けた事の無い僕だからかもしれないが、他人の好意というものがこうも重たいものだとは知らなかった。
それとも僕は深く考えすぎているのだろうか。
どちらにせよ。
今日は早く帰って寝てしまおう。