第二十一話〜甘党な友人〜
永遠にも似た虚空は、延々と続き、多分世界はそうして出来ているんだろうなどと、詩的な事を考えては見たけど、特に意味が無い文面に、僕は詩人の才能は無いと判断し、ため息を吐いた。
相変わらず場所は屋上。
ただしいつもと違うのは、そこが学校ではなく、デパートの屋上だという事である。
なんで僕がデパートの屋上なんかにいるかといえば、ナユタが電話で僕を呼び出したからだ。
そういえばそんな事も言っていたなぁ、と過去を振り返りながらナユタに二つ返事で了承し、デパートまでやって来た。
それがそもそもの間違いだった。
「……ねぇナユタ。君が甘党だって事は知ってたよ。ああ知ってたさ。だからってさ、あんな女の子ばっかりのお店に野郎二人で入るのはどうかと思うんだ」
要するに今日僕が連れて来られた理由は、道連れにするためである。
ナユタは意外にも大の甘党で、無糖の缶コーヒーが飲めないぐらいだったりする。特にケーキとパフェは中でも大好物の一つであり、新メニューが出たのならば、真っ先に試食をするというアクティブな人間でもある。
ゆえに今日。
デパートの中にある、『ゆかりぎ』という内装からメニューまで、男が入るには非常に躊躇われるような喫茶店に、恥を曝すのを覚悟で新作パフェを食べに行ったのだ。
ちなみに食べたのはナユタだけで、僕はコーヒー一杯だけという構図だ。
もちろんブラックで。
「野郎一人よりマシだろ」
「だからって僕を巻き込むのはどうかと思うんだ。むしろ君一人で行って来れば良かったじゃないか」
「いくら新作パフェのためとはいえ、そんな恥ずかしい事出来るか」
「ええいっ、この甘党バカめ! どうしてあんな砂糖の塊を好んで食すのか理解に苦しむね! そんな事だから将来虫歯になって、歯医者行くのを面倒臭がってたら処置の施しようが無くなり、四十代の若さで総入れ歯になるという悲惨な目に遭うんだ!」
「じゃあ入れ歯洗浄剤、今の内から買い貯めとくか。どうせ物価高くなんだろ」
「くそうっ、パフェを食って上機嫌なナユタにはどんな球も打ち返されるっ!」
ナユタの顔には笑みが張り付いており、幸せですと公言しているような緩みきった表情だ。
それがまた、僕の苛立ちを増幅させる。
「まあそう怒るな。ソフトクリーム奢ってやるから」
「僕は子供じゃないぞ! そんなものに騙されるか! どうせ買うなら、あそこで稼動してる気配がまるでない、パンダの乗り物を買ってくれ!」
百円入れたら、ウィンウィン動くあれね。
っつーか、まだあるんだ。ここ。
「ああ、また今度な」
「いい加減、まともにつっこんでくれないぞ拗ねるぞ?」
「なんでやねん」
「おざなりすぎるっ!」
全く。
ナユタは長年の付き合いだが、たまに分からなくなる。
「……あ、そうだ。ナユタさ、なっちゃん振ったんだって?」
「ん? ああ、まあな」
「全く。僕の大切なおもちゃなんだから、あんまり傷物にしないでよ。あの子、ああ見えて打たれ弱そうなんだから」
「……その言い方はなんつーか、悪っぽいよな」
「あれ。知らなかったっけ? 僕ってばどちらかといえば悪だよ? キーキー言ってる全身タイツみたいな奴なんだよ?」
「つまるところ、雑魚だと」
「彼らを馬鹿にするなっ! 彼らだってな、理不尽な上司達の下で頑張ってるんだ! 決して勝てないと理解してる正義の味方に挑む、彼らの勇気は賞賛に値するね」
「なんでそこまで雑魚戦闘員に肩入れするのかわからない」
うんまあ。
十割ノリです。
「あれ? ナナちゃん……と、ナユタ先輩?」
僕らが雑魚戦闘員のアレコレ(ヒーローの変身シーンを黙って見ている優しさ、彼らに個性はあるのか、などなど)を語っている時。
不意に声をかけられた。
「……さ、ナユタ。次はどこへ行くんだい? 実は僕、新刊が欲しいから本屋に付き合ってくれると嬉しいんだけど」
「へぇ、私を無視とは良い度胸じゃない」
「ふん、辞書を持たない君なんて怖くないぞ。だからどうかその高そうなブランドバックを振りかぶるのは止めてごめんなさいそれでも十分痛そうだから」
実に軟弱な僕だった。
ちなみに、言うまでも無いかも知れないが、声をかけてきたのは彼女である。
「……あの、こんにちわ」
続いてハルナちゃんが控えめに挨拶をしてくる。
目線がチラチラとナユタの方へ向くのは、仕方の無い事だろう。
「やあハルナちゃん。こんにちわ。今日は一体どうしたんだい? シャープペンシルの芯でも切れたかい? それとも教科書にラインを引く青い蛍光ペンでも切れたかな?」
「あの、私、鉛筆派なので」
なかなかレアな人物だった。
今時鉛筆って。
「今日はね、ちょっとパフェを食べに来たのよ。この中にある『ゆかりぎ』っていう喫茶店知ってる? そこがね、新作パフェを出したから食べに。まあそのついでにぶらぶらとね」
「君には聞いて無いんだけど。まあ答えてしまったものはしょうがない。全く君は、僕とハルナちゃんの何気ない会話を邪魔するなんて、無粋にも程があるよね。少しは遠慮というものを知った方がいいよ? どうせ君はコーヒーお代わり自由な喫茶店で、三杯以上コーヒーを飲むタイプだからしょうがないかも知れないけど」
「それで、ナユタ先輩はそこのちんまいのと一緒に何しに?」
無視された。
更にちんまいの呼ばわりされてしまった。
「俺らもストロベリースペシャル食べに」
「ナユタだけがね。僕は甘いの苦手だから」
ちなみに、ストロベリースペシャルなる食べ物は、いわゆる新作パフェの事だ。
イチゴをふんだんに使用した、赤一色の見ていて酸っぱくなるようなパフェだ。
「……っていうか、二人とも入ったんですか? あそこに?」
「…………」
彼女達は盛大に引いた。
そりゃもう、僕らの間に不可視の壁がそびえ立つほどに。
「いやだって。うまいじゃねぇか。パフェ」
「……いや、うん。まあ確かにそうですけど」
「あのイチゴムースは絶品だったな。あの口当たりと良い、くせの無い甘さと良い」
うんうんと、思い出すようにストロベリースペシャルを語るナユタ。
正直、見ていて怖い。
「……ちょ、ナナちゃん。ナユタ先輩、なんかキモいんだけど」
「どうしてわざわざ僕に報告するかな。そんな事しなくても十分わかってるから。ナユタは甘い物と飼ってる猫の話をしたら止まらないよ?」
「いや、本当に謎な人物だわ。ナユタ先輩」
徐々にベール、もといメッキが剥がれて行くナユタ。
割と変人だからね、ナユタは。
「更にあのイチゴ、石川の能登町からわざわざ取り寄せてるらしい。そりゃうまいってもんだよな」
「……はぁ」
僕らが話をしていたせいで、ナユタのストロベリーパフェに関する語りは、全てハルナちゃんへと向けられていた。
実にどうでも良いことを言われ、ハルナちゃんは困惑の表情である。
チラチラとこちらを伺ってくる際に、助けてくれ、という視線を送って来ている。
だから僕は、勇気を出してナユタを止めにかかった。
「まあナユタ。その辺にしておきなよ。パフェ如きでいちいち能書き垂れられても、困惑するしかないと思うよ?」
「……ナナ、てめぇ今、パフェ如き、っつったか?」
「いえパフェはとても素晴らしい食べ物だと思います調理方法によって千差万別の味が生まれるあのデザートは恐らく他の追随を許さない最高級な食べ物ですはい」
怖かった。
実に怖かった。
魔王の睨みは、僕を卑屈にさせるには十分すぎるほどの威力を持っていた。
「……な、ナナちゃん。大丈夫!? 身体に穴とか開いてない!? ナユタ先輩のさっきの視線、絶対なんか出てた!」
「だ、大丈夫……あと数秒僕の言い訳が遅かったら、わかんなかったけど……」
「何してんのお前ら。馬鹿っぽいぞ?」
原因であるナユタにだけは言われたくなかった。
「ところで、二人とも。これから暇ですか?」
「君は一体何を聞いていたんだい? 僕は欲しい本があるって言ったじゃ」
「まあ、暇だな」
僕の言葉を遮って、ナユタが返答した。
僕のアイデンティティを侮辱された気分だった。
「それじゃあ、一緒に遊びませんか? カラオケとか」
「……悪ぃけど」
「そこでゆっくりとパフェについて語りましょう」
「よし、ナナ。行くぞ」
「……ナユタ。一つ聞くけど、パフェが絡むとどうしてそこまでキャラが変わるんだい? 実は二重人格なのか!? っていうか、自分で歩けるって! 歩けるからそんな襟を掴んで引っ張らないで!」
というわけで。
彼女の妙計によって、僕ら四人はカラオケへと繰り出した。
ハルナちゃんのためにやったと思われるその行動は、ナユタを誘い込む一言のせいで、決して有意義な時間になる事は無かったけれど。
具体的に言えば。
歌も歌わずパフェについて熱く語るナユタは、僕の五倍(彼女談)ほどウザかったらしい。
その被害の八割を受けたハルナちゃんには、心から同情せざるを得ない。
僕の日曜日は、そんな感じで終了した。