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屋上にて  作者: 朝霧海斗
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第二十話〜沈静な後輩〜


 放課後。

 今日も今日とて屋上へと足を運ぶと、珍しい顔がそこにいた。


「あれ? なっちゃんじゃないか。久しぶりだね」


「……気安く呼ばないで下さい」


「でもなっちゃんはなっちゃんであるからなっちゃんと呼ぶしかなく、そもそもなっちゃんの本名がなんだったか記憶力があまり強いとはいえない僕は、すっかり忘れているというわけなんだよなっちゃん」


「ナツキです。吉沢ナツキ」


「ああそうだった。そんな名前だったね。じゃあやっぱりなっちゃんという愛称しか僕には浮かばないから、なっちゃんと呼ぶことにするね」


「……もう良いです」


 勝った。

 そもそも勝敗があるのかどうかはともかくとして。


「どうしたのさ。屋上なんかに来て。残念ながらナユタはいないよ。奴に会いたいなら図書室に行ってみるといい。きっと仏頂面して近寄るなオーラを発しながら本を読んでるはずだから」


「知ってます」


「……うーん。なんかなっちゃん、素っ気無いなぁ。僕、何か気に障ることしたかな?」


「別に。あなたの事が嫌いなだけです」


 はっきりきっぱりと言われてしまった。

 なかなか物言いがはっきりとした子である。


「まあ、嫌われる事には慣れてるから良いけど。じゃあどうして屋上にいるんだい?」


「……別に、良いじゃないですか」


「まあ確かに僕には関係無い事ではあるね。ところで、さっきも聞いたかも知れないけど、今日部活は無いのかい? 僕が見る限り、あそこでウォーミングアップしてる団体さんは陸上部だと思うけど」


「というか、どうして私が陸上部だって知ってるんですか?」


「この間、たまたまここから発見したんだよ。なっちゃんが風のように疾走していたところをね」


「そうですか……」


 うん。やっぱりどこかおかしい。

 本当のところ、発見した時からなっちゃんの様子がどこか変である事は気づいていたけど、確かに元々どこかおかしい子ではあるけど、見るからに元気が無い。


「それで、どうかしたのかい? なんか元気ないように見えるけど」


「……放っておいてください」


「ああ、そりゃ無理だね。僕ってばお節介なんだよ、割と。っていうか、ここにいる時点で僕のおもちゃになる事は確定したようなもんだから、諦めた方が良いよ」


「……なんで、屋上に来ちゃったんだろう」


 盛大なため息を吐いてから、なっちゃんはゆっくりと話始めた。


「ナユタ先輩って、格好良いじゃないですか」


「これまた突然だね。確かに見た目だけなら、格好良い事は認めるけど」


「それで、ちょっとぶっきらぼうで、口が悪いじゃないですか」


「そうだね。特に女の子に対してはその傾向が強いね。きっと奴はどちらかといえばSなんだろうね」


「でも、どこか、遠い目をしてるんですよね。ナユタ先輩は」


「…………」


 そこまで、ナユタの事を見ている人は多分少ないだろう。

 ふとした瞬間、ナユタはどこか遠くを見る癖がある。

 それは別に景色を見ているわけではなく、きっと過去の風景を思い出しているんだろう。

 サナエがまだ、生きていた頃の風景を。


「その目が、なんだか気になってて。その内、だんだんと好きになってたんですよ」


「珍しいね。大抵、顔につられて寄ってくる子が多いのに」


「でも、無理でした」


 不意に、なっちゃんが明るい声を出した。

 それは、無理をしている事がわかってしまうほど、痛々しい。


「ナユタ先輩が何を見てるのか知らないけど、私には、その代わりにはなれなかったんですね」


 痛々しい笑顔を浮かべて、なっちゃんはそう言った。

 ああ、なるほど。

 僕はようやく理解した。

 どうしてなっちゃんに元気が無いのか。

 どうしてなっちゃんがこんな話をするのか。


「……ナユタに、告白したんだ」


「振られましたけど。こっぴどく」


 ああ、一体ナユタは何を言ったのか。

 恐らく、胸を抉るほどの鋭い言葉だったであろう。


「それは、まあ。ご愁傷様というか、ごめん」


「なんで先輩が謝るんですか」


「……あれ? なんでだろ? まあいいや。とにかくごめん」


 ナユタの言葉から守れなくてごめん。

 なんでもないように振舞ってはいるけど、きっとなっちゃんのダメージは相当なはずだ。

 だからごめん。

 意味は分からなくても良いから、謝っておこう。


「一つ聞いても良いですか?」


「可愛い後輩のためなら何でも答えてあげるつもりだけど、プライベートな事は勘弁して欲しいね。後は身体的な数値も。それ以外なら答えてあげるよ」


 なっちゃんは意を決したように、真剣な表情で尋ねてくる。


「ナユタ先輩は、一体何を見てるんですか?」


「パス」


「パス制度なんて聞いてませんよっ!?」

 

「何を言ってるんだ。パスは三回までという決まりが世界には蔓延してるんだよ? 君だって七並べはやったことがあるだろう?」


「そんなカードゲームと世界のルールを一緒くたにされてもっ!」


「まあ、冗談はともかくとして」


「冗談だったんですか!?」


 そういえば冗談が通じない程、純粋な子だったっけ。

 それはそれで面白いけど。


「実はナユタは運命というものに影響されていてね。かつて占い師のお婆さんに、運命の相手に関する事を教わってね。それ以来、ナユタはずっと運命の人を探しているのさ」


「そうだったんですか……はっ、もしかしてそれも冗談なんじゃ」


 ああ、僕のせいでなっちゃんがどんどんと疑り深い性格に。

 まあ嘘だけど。


「きっとそんな事は無いと思いたいね。多分、本当なんじゃないかな?」


「言ってる事がすでに嘘っぽいです!」


「信じる気持ちがあれば、嘘でも本当になると思うんだ、僕は」


「嘘って事じゃないですか!」


 まあ、こればっかりは、他人に吹聴するような事ではない。

 なっちゃんには悪いけど、サナエの事は僕とナユタの秘密って事で。


「折角人が真面目に聞いてるのに……」


「いやぁごめんごめん。なっちゃんを見るとついついからかいたくなるという癖が僕にはあって」


「そんな癖、一刻も早く直してください」


「無理だ!」


「断言されたっ!?」


 とにかく、今僕が出来ることは。

 なっちゃんの悲しみを少しでも忘れさせてあげる事ぐらいだろう。

 僕らはその後、実にどうでも良い話をし続けた。


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