第二話〜傷心な彼女〜
屋上の扉を開くと、なんというか、先日僕に向けて辞書を投げた人物がそこにいた。
「……ふぅ」
屋上の手すりに体重を預けながら、彼女は実に儚げにため息をつく。昨日とはまるで別人だ。昨日の今日で一体なにがあったというのか。
「……はぁ」
とはいえ、僕には関係が無いことは明白で、あまり興味も湧かない。なにせ相手は僕に辞書を投げつけて来た女だ。危うきに自ら近寄るほど、僕は愚かではない。
「……ふぅ」
僕は彼女の溜め息を無視しながら、いつも通りぼんやりと空を眺める。今日は見事なまでの快晴で、流れる雲も見当たらない。
「……はぁ」
それにしても今日は暑い。まだ5月で日も傾いてきたというのに、一向に涼しくなる気配が無い。暑さに弱い僕にとっては天敵ともいうべき太陽が無駄に張り切っているせいなのか、それとも地球はいよいよヤバい事になってきているのか。どちらにせよ、もう少しばかり涼しくなって欲しいと思う。
「……はぁぁぁ」
「あーもううざったいな!!」
聞こえないよう、考えないようしていたが、聞こえるものは聞こえてしまう。絶え間なく吐かれる溜め息は、まるで嫌がらせかのように僕の鼓膜へ届き、僕の分の幸せまでも逃がしてしまいそうだ。
故に、我慢できなくなった僕を誰が責められよう。
「君っ、何があったか知らないけど、こっちまで気が滅入りそうになる溜め息を何度も何度もバカみたいに吐くのはどうかと思うよ? そんな落ち込んでる暇があるならもっと有意義に時間を過ごした方が僕は良いと思うけどね」
僕は思うがまま口にする。
すると彼女は弱々しい声で口を開く。
「……あんたさぁ、振られた事ある?」
「無い」
断言する僕。
嘘では無い。
「言い方変えるわ。あんた、誰かと付き合った事ある?」
「無い」
再び断言する僕。
付き合った事も無ければ告白なんぞされたことも無い僕だ。よって、振られた事も無い。これ道理。
「あんたに聞いた私がバカだった」
「やーい、バーカバーカ」
すげぇ勢いで睨まれた。
「えっと、要するに振られたの?」
僕の言葉に頷く彼女。
「あのね、前からカッコいいなーって思ってて、その人の部活を調べてマネージャーにまでなって、家を調べて偶然を装って一緒に登校とかして」
それ、ストーカーじゃ無いのか?
「結構仲良くなってきて、そろそろ良いかなって告ってみたんだけど、好きな人がいるって言われて」
どうでも良いけど、なんで僕は彼女の話を聞いてるんだ? というかなぜ彼女は聞いてもいない事を語り始めた?
「ねぇ、何がいけなかったのかな?」
「さあ?」
「……愚痴り甲斐の無い奴」
ウジ虫でも見るかのような目で、そう言われてしまった。僕、なんか悪い事したか?
「あーあ。愚痴ったら少しスッキリした」
なんか勝手にスッキリしてるし。
「あんた、これから暇?」
「いや、これから入院してる母さんのところにいって妹を保育園まで迎えに行ったついでに投獄中の父さんに面会しにいかなくちゃいけないから」
なんとなく嫌な予感がしたので、咄嗟に嘘をつく。
「うそつけ」
速攻でバレた。
「ちょっと付き合ってよ。っていうか付き合え」
その後、結局つきあわされる羽目になった僕は、彼女のストレス発散に日付が変わるまで付き合わされる事になった。




