第十五話〜正直な彼女〜
「ナナちゃんさぁ、前に告られた事ないとか言ってたけど、それ本当?」
放課後。
例によって例の如く、屋上に到着すると彼女が待ち構えるかのようにそこにいて、そんな事を尋ねられた。
「実はあれは嘘で、割と僕はモテるんだ。このコンプレックスにしかならない可愛い容姿が、どうも上級生の間では人気があってね。一年の頃は見ず知らずの上級生にひっきりなしで告白されたもんだよ」
「ああ、なるほど。本当にモテないのね、ナナちゃん」
どうやら彼女は、僕との会話のコツを掴んできたらしい。
それはそれで面白くない。
ちなみに、女の子に告白された事は一度も無い。
「でも、冗談抜きに上級生には人気ありそうなんだけどね。小動物チックで」
「とても褒められてる気がしないんだけど。っていうか先輩に向かって小動物って」
「褒めてるわよ。なんていうの、一家に一人は置いておきたい感じ」
「僕は家電か何かなのかな?」
「でも喋っちゃ駄目ね。台無しだから」
「ええい、こんな善良な僕を捕まえて小動物だとか、一家に一人だとか、喋っちゃ駄目だとか、君は僕のマネージャーか何かか? 僕のキャッチコピーを考えてるとでもいうのか?」
だけどまあ、その全てがよく言われる事ではある。
自覚は無いのだが、どうやら僕は可愛い分類に入るらしい。
酷く癪な事ではあるが。
「そういう君はどうなんだい? 君だって初対面に辞書を投げたり、殺傷力の高そうな毒を吐いたり、その鋭く尖った牙があったりするけど、一応美人だと認めたくは無いけど僕は他人に嘘はついても自分に嘘はつきたくないから美人だという事にしておいて、告白された事無いのかい?」
「……ケンカ売ってるなら買うけど?」
「ごめんなさいすいませんミナギさんは綺麗ですそりゃもう皆の憧れですだからどうかその辞書をカバンの中にしまってくれると嬉しいというか僕が延命できるというかとにかくお願いします」
「まあ、私だってそりゃ一度くらいは告白された事ある事にはあるような無いような」
実にはっきりしない返答だった。
「うそつけ」と返すには、曖昧すぎてどちらとも取れてしまうため、別の言葉を選ばざるを得ない。
全く、会話の流れがわかってない奴だ。
「無いなら無いで素直にある、と言えばいいじゃないか。全く、変な見栄を張るなんて、君も小さい人間だね」
「言ってる事メチャクチャだって気づいてる?」
「どちらにしても君も僕も負け組みだって事だね。これから仲良くしようじゃないか」
「だからっ! 私はあるってば!」
必死になって言い返す彼女。
どこか僕は、その言葉に違和感を持った。
「……一つ聞くけど、本当にあるのかい?」
「あ、あるわよ。告白された事は」
なるほど。
今の言い方でなんとなく、真相の程が理解できたような気がする。
「告白された事はある、と。ちなみに告白にも色々種類はあるけど、この場合相手に好意を伝えて恋人同士になるという意味であって、決して自らの罪を公開する事ではないからね?」
「分かってるわよっ!」
「じゃああれか。告白された相手ってさ、女の子?」
「…………」
あからさまに目を逸らされた。
どうやらビンゴらしい。
「うんうん。確かに君は綺麗だけどどこかキツい感じがするし、外面通り性格も勇ましいからね。か弱い女の子達にしてみれば君は憧れのお姉様ってところなのかな。しかしすぐそばでそんなアブノーマルな世界が広がってるとは思っても見なかった。僕はてっきり女子高内での都市伝説だと思っていたけど」
「う、うるさいわねっ! ちゃんと断ったから良いじゃない!」
「なんで断ったんだ!」
「なんでキレるのよ!?」
閑話休題。
「しかし君は実に素直というか、バカ正直というか、別に告白された事なんか無いと言えば良かったじゃないか。そんな面白い過去は他人に吹聴するべきでは無いと思うよ?」
「別に吹聴したわけじゃないし。っていうかナナちゃんが誘導尋問しただけじゃない。大体面白い過去って何よ! 私はちっとも面白く無いっ!」
「僕としては誘導尋問する以前に君が勝手に墓穴を掘っただけにも思えるけど。まあどちらにせよ、このことは僕の脳裏にしっかりと記憶しておくから。手始めにナユタ辺りにこの真相を伝えようかと思うんだけどどうだろう」
「お墓の用意はできてる?」
見るものを凍りつかせる魔眼で僕を射抜く彼女。
そんな目で見られると、身を小さくするしかない。
「そういえばナユタ先輩っていえば、昼休みなんの用事だったの?」
「ん? 知らないよ? 僕はナユタじゃないからね」
「聞けば良いじゃない」
「そんな無粋な事は聞けないよ。もしかしたら本当に用事があったのかもしれないし、親しき仲にも礼儀ありだよ」
「って事は、やっぱりナナちゃんも用事なんか無かったって思ってるわけね」
も、という事は彼女もそう思っていたのだろう。
確かに、あのタイミングは不自然すぎたし、多分本当に用事があったと思っているのはなっちゃんだけだろう。
「もしかして、私うざかったかな?」
「君がうざいのは確かだけど、それ以上にうざい僕と常日頃昼食を共にしているから、恐らく関係ないと思うよ。原因があるならやっぱりなっちゃんだろうね。あの子の事、前々からナユタは鬱陶しがっていたから」
「…………」
「どうして君はそこで、驚いた表情で僕を見るかな? 僕が何か変なことを言ったかい?」
「ナナちゃん、うざいって事自覚はしてたんだ」
「……いやまあ。そりゃね。もし僕のような喋り方をする人間がいたら、真っ先に敬遠するだろうし。っていうか本題はそこじゃないから、話の腰を折らないで欲しいね」
話を元に戻して。
「でも、ナユタ先輩、私には割と普通だったけど」
「そりゃ君がナユタに必要以上の好意を抱いてないからさ。ナユタは他人の好意には敏感でね。自分が好かれているとわかると、途端に素っ気無い態度を取るから」
「……普通逆じゃない?」
「それがナユタだよ」
嫌われても嫌がられても一切気にせず、平常心を保つナユタは、ただ唯一好意を向けられた時だけ不機嫌になる。
それは多分、告白される前に嫌われるという防衛機能なんだろうが、その素っ気無さがまた良いというちょっとアレな女子もいるわけだから、あまり役には立っていないのが本当の所である。
「……そういえば、ナユタ先輩ってなんでモテるのに誰とも付き合わないの?」
「あれ? ナユタから聞いてない?」
「私が聞いたのはナナちゃんの偽悪行為だけよ。なに? もしかしてナユタ先輩、好きな人とかいるわけ?」
「…………」
さて。
果たしてこれは僕が言っても良い事なのだろうか。恐らく言ってもナユタは気にしないだろうし、僕を責めることは無いとは思うけど、あまり他人に吹聴するような事ではない。
だから、僕は。
「そう、実はナユタ僕にぞっこんでね。だけど世間体があるから、普段はおとなしいんだ。二人きりになったらそりゃもうナユタは僕に気に入られようと必死だよ? もちろん僕はノーマルだから断り続けてるんだけどね。それでもナユタが諦めきれないらしくてさ」
「うそつけ」
「……ああ、そうか。相手は君だったね」
「っていうか、後ろ」
彼女にそう言われて振り向くと、いつの間にいたのか、そこにはナユタが立っていた。
そりゃもう形容しがたい憤怒の表情を浮かべて。
「ナナ。とりあえず、覚悟は出来てるか?」
「あはははは。やあナユタ。最近放課後にもここに顔を出すようになったね。どういう風の吹き回しだい? それよりそんな顔してどうしたのさ。何か嫌な事でもあったのかい。だとしたらボクシングジムにでも行ってサンドバックにその怒りをぶつけてくると良いよ。ストレス解消になると思うから。おやナユタ僕の胸倉を掴んでどうしたのさ。嫌だなぁナユタ、僕はサンドバックじゃないよ? っていうかごめん謝るからほんの出来心で会話を面白い方向に持っていただけであってそれ以外に他意は無いからって言うかすいませんごめんなさい本当に勘弁してくださいだからどうか突き落とすのだけは止めて!」
「……本当に、なんでナユタ先輩がモテるのか謎だわ」
彼女が引きつった笑みを浮かべながらそう言うのを聞きながら、僕は怒り心頭のナユタに必死で存命を懇願した。