第十三話〜団欒な三人〜
昼休み。
もうなんと言えばいいのかわからないが、とりあえず屋上でナユタと二人昼食を摂っていた。
「ところで、あの数学教師の頭髪は明らかに怪しいと思うんだけど、そこのところどうだろう?」
「……いや、ナナ。お前さ、頭良いのは知ってるけど、授業中にどこを注視してんだよ」
「だって、気にならない? 生徒を正しい方向へと導く教師という存在が、自らの頭髪の薄さを気にして偽りである人工毛で細工をしているんだぞ? これは由々しき事態なんだと僕は思うね。このままだとこの学校は、少し古めの少年漫画みたいな不良達で溢れ、僕のようなか弱い一般生徒がお金を巻き上げられたりするようになっちゃうんじゃないかな」
「だったら俺が番長になってやるよ」
「……あー、本当に時代が違ってたらなってたかもね、ナユタは」
などと、数学教師のかつら疑惑から盛大にずれた話をしている最中。
来客がやってきた。
「あ、やっほーナナちゃん。ナユタ先輩も」
昨日、この場所で倒れた彼女であった。
「いやいや、昨日の今日なのになんでそんなに元気なんだ。僕の記憶が正しければ昨日保健室で熱を測った時、三九度を越えていたように思えるんだけど」
「私、回復力だけはすごいのよ」
「ほらねナユタ。やっぱり彼女はどちらかといえば化け物よりなんだ。やはりその八重歯は、肉体を噛み千切るための牙なんだよ」
「……俺もそんな気がしてきた」
ナユタも珍しく、同意してくれた。
彼女が衰弱していた様を見ているだけに、やはりこの元気な姿は嘘くさい。
「……もってくればよかった」
僕らの会話を聞いて、彼女がぼそりと呟く。
明確な殺意がその言葉には宿っていた。
……一体、何を所持していれば良かったというのか。
まあ、辞書の類であることは間違いないだろうが。
「毒」
「そっち!?」
持ってくる、ではなく、盛ってくる。
日本語って難しい。
「と言う事は、なに? 何か食物を持ってきたって事?」
よく見れば、彼女の手にはピンク色のナプキンで包まれた容器と思われるものがあった。
「そう、昨日迷惑かけたお詫びにね。ああ、ナナちゃんにはあげないわよ。これナユタ先輩のだから。倒れた女の子を運べない男になんか、あげるものはありません」
「つまり、なんだ。毒を盛る目標は俺って事か」
ナユタの予想外の攻撃に、彼女は言葉に詰まる。
きっと彼女の中では反論すべきなのか、おどけて場を濁すかの選択をしているところだろう。
「……あ、あはは」
どうやら彼女は後者を選択したようである。しかも乾いた笑いという、実にわかりやすい形で。
「ま、まあ、とにかく食べてください! 今日は珍しく成功したんですから」
「つまりいつもは失敗ばかりだと」
ナユタのクリーンヒットに、彼女は僕に小声でささやく。
「……ナナちゃん、ナユタ先輩ってこういう人なの?」
「仲良くなればそれなりに毒は和らぐけど、基本的にはこんな感じだよ。顔が良いってだけで性格は実にねじくれてるからね、ナユタは」
「多分それ、ナナちゃんだけには言われたくないと思うわ」
彼女の言葉にうんうんと頷くナユタ。
……あれ? 意外にこの二人って相性良い?
「それより、一体何を作ってきたんだい? イモリの黒焼き? それともイナゴの佃煮かな? ああ、もしかしてゴキブリの姿煮かな? どちらにせよ、女の子らしくないものであることは間違いないね。うん」
「やっぱり盛ってくるべきだったかも……」
「だからその場合、死ぬのは俺だよな?」
そんな事を言いつつ、彼女が中身を広げるとそこには。
「……嘘だっ! これを君が作っただと!? 冗談は顔だけにしろ! 大体、君がこんな女の子らしいものを作ってくるなんて……はっ、さては君、偽者だな!? そうか、そうに違いない!」
「……ナユタ先輩、ナナちゃん殺しても良いですか?」
「ああ」
いや、そこは友人であるなら止めようよ。
ともあれ。
僕が動揺してしまうほど、包みの中にあったのは可愛らしいクッキーだった。
可愛らしい、というのはそのクッキーの形が動物を象っているためで、無骨な男が調理するには少々勇気のいる外観をしている。ところどころに黒い斑点があり、若干病気気味な動物のようにも見えるが、それはレーズンを入れる事によって生じた、仕方の無い代償だろう。
しかしながら、見た目はいいかもしれないが、問題は味である。とても家庭的には見えない彼女だ。料理が得意とは思えない。きっとそこには形容しがたい、未知なる味が存在していることだろう。
「おお。意外と美味そうだ」
「ナユタ先輩……それはつまりどういう意味か説明してくれますか?」
「そうだぞナユタ。時には言葉にしてはならない事もあるんだ。例え彼女に料理という単語が実に似合わないのは明白だとしても、それを心の内に秘めるという優しさが必要だよ」
「あんたも、ちょっとそこに直れ」
じゃれ合いながらも、ナユタは一つを手に取り、無造作に口の中へと放り込んだ。
バリボリとゆっくりと味わうようにして咀嚼し、飲み込む。
「……ど、どうですか?」
「えー、まあ、その……うん、なんだ。マズい」
「う、うそっ!?」
「っつーか、俺レーズン苦手」
「……くっ、甘いものが苦手そうだから、チョコチップじゃなくレーズンにしたのが裏目にっ!」
彼女はがくりと膝をつき、この世の絶望を全て引き受けてしまったかのような表情をする。
どこの演劇部所属だ、君は。
「っていうか、最初から食べなきゃ良かったのに。なんでわざわざ食べたのか、僕には理解に苦しむね。自ら苦境に飛び込むほど、ナユタに自虐趣味は無かったと思うけど」
「いや、そこはほら。せっかく作って来たんだから食べなきゃ悪いだろ」
「そういう優しさが、女の子達に惚れられる理由の一つに挙がってるって事知ってる? 君はなんだかんだ言って優しすぎるんだよ。だったら初めからつっけんどんに応対すれば、傷つく女の子も少しは減るかもしれないのに」
「しゃあねぇだろうが。それが俺だ」
「というか、そんな優しさがあるなら、もう少し言語の方に気を使おうよ。第一、食べてからマズいって言うなら、結局意味無いじゃん。せっかく作ってきてくれたんだから、うそでもおいしいって言えば良いじゃないか。そこで僕がすかさず「うそつけ」と言って、面白い展開になったはずのに。マズイって言ったら僕も頷くしかなくなるじゃないか。全く、ナユタは本当に昔から空気が読めないんだから」
「……いや、うん。悪ぃ。釈然としねぇけど、ここは謝っとく」
「……ナナちゃん。私に対するフォローなのかバカにしてるのかはっきりさせてくれる? それによってあんたの寿命が変わってくるけど」
冷酷な殺人鬼のような表情をした彼女に睨みつけられる。
命の危機を瞬間的に悟った僕は、とりあえず口を開こうとして、
「あーーーーーーっ!!」
という、屋上に現れた一年生の女の子の叫び声に遮られた。
そんなこんなで、次回に続く。