第十二話〜虚弱な彼女〜
「ぶえっくしょいっ!」
「君。くしゃみという生理現象だからしょうがないかも知れないけど、女の子なんだからもう少しこう、慎ましやかにくしゃみをする事は出来ないのかな? というか、やっぱり昨日の雨に打たれすぎて風邪でも引いたのかい? 良く見れば顔が赤いよ? 大丈夫?」
しつこいかもしれないが、放課後の屋上。
昨日の仲直り……というか、一方的に許してもらったためか、僕が屋上に到着すると彼女はすでにそこにいた。
そして今しがたの豪快すぎるくしゃみである。
「うるさいわね。くしゃみなんだからしょうがないでしょ。変に我慢したら気持ち悪いじゃない」
「いやまあ。そりゃ男が女の子に抱く幻想は確かに僕もどうかと思うけど、それにしたって今のくしゃみはオヤジクラスの豪快さだったよ? 後ろにちくしょーがつけば満点をあげても良いぐらいだ」
僕がそう言っている間に、鼻水をじゅるじゅると啜る音。
鼻をかめ。
「あー、こりゃ本格的に風邪引いたかも」
「こんなとこに居ないで家に帰ったら? そして病院に行って深刻な病状を宣告されて、儚い人生に幕を下ろせば良いじゃないか」
「勝手に人を殺すなっ!」
叫んだせいか、彼女の身体がふらりと揺れる。
倒れはしなかったものの、実に辛そうだ。
「……普通さ、今みたいな場面って咄嗟に身体を支えてくれたりするもんじゃないの?」
「僕の反射神経をなんだと思っているんだい。そんな事できるほど性能が良くないに決まってるじゃないか」
「あ、決まってるんだ」
僕の言葉に対するつっこみも実に弱々しい。
なんだか寂しい感じがしてしまう。
「ほら、もう家に帰った方が良い。なんなら僕が送っていこうか? それとも保健室で休む?」
「…………」
「なんで君はそんな訝しげな目で僕を見るかな」
「あんた、ナナちゃんじゃないわね? ナナちゃんがそんな優しい言葉を吐く訳が無いわっ!」
「……君ね、本当に僕をなんだと思ってるんだ」
良い感じに彼女の脳内がヤバイ事になっているのか、それとも日頃の恨みを返されているだけなのか、判断がつかない。
「僕はね、亡くなった祖母から子供と老人と病人には優しくしろって言われてるんだ。良いからほら、もう帰った方が良い。これ以上ここに居て風邪を悪化させられて、僕のせいにされても困る」
「あ、その言い方はやっぱりナナちゃんか」
「ええい、そのネタを引っ張らなくてもいいっ! 良いからほら、さっさと帰るぞ!」
彼女の腕を取り、引っ張る。
「いやん、そんな強引にしないで。優しくして」
「お前は性質の悪い酔っ払いか? 顔が赤いのはアルコールのせいなのか?」
うんざりしながら、彼女を無理矢理引っ張る。
と、唐突に彼女が地面に座り込む。
「あー、だめだわ。地面がこう、ぐーるぐる回っちゃってて」
「ほら、こんなところで座らない! 行っておくけど、僕は君を運べる力が無いんだ! 倒れられても困るぞ!」
「あー、無理っぽい」
「だから帰れと散々言ったじゃないか! なんだって君はそんな身体で学校に来るんだ! 自分の体調ぐらい、自分で管理しろ! ほら、頑張れ、せめて保健室まで歩け!」
「運んでー」
「ええいっ! 甘えるな!」
「お姫様だっこー」
「僕の腕力にそんなものを期待するな!」
「…………」
「ほら、君! 早く立って!」
と、彼女がこてりと倒れた。
呼吸が荒い。
ついでに身体も熱い。
かなりの高熱が予想される。
「ねえ、ちょっと! こんなところで寝るな! おーい!」
「…………」
彼女は屍のようにぐったりとして動かない。
「……マジか」
どうやら本格的に彼女は意識を失っているようで、それを運ぶしか道は無いらしい。
僕は仕方なく、彼女の膝と背中に手を回し、持ち上げようと努力する。
「……あ、これ、無理です」
しかし彼女の身体は持ち上がる気がしない。
というか、なんで世の男達はお姫様抱っこなどという芸当が出来るのだ?
相当に鍛えないと、無理じゃあないか?
仕方なく、おんぶして運んで行こうと試みるが、まず背中に乗せる事が出来なかった。
貧弱にも程があるだろ。僕。
このまま引きずって行こうかという邪悪な考えも芽生えたが、階段で酷いことになりそうだったため、止めておいた。
万策尽きたり。
こうなれば奥の手だ。
「頼るべきは、幼馴染、と」
携帯を取り出し、ナユタにかける。
『なした?』
二コール目で電話に出てくれた。
「助けてくれ」
『あ?』
「今屋上に居るんだ。僕一人だとどうしようもないんだ。だから、助けてくれ」
『……事情はよくわからんが屋上だな?』
「出来る限り早く来てくれると助かる。人一人の命が懸かってるんだ」
『うそつけ……ま、いいや。んじゃ今すぐ行くわ』
ブツっと、通話が途絶える音が鳴り、屋上の扉が開く。
「よう、なした」
「早っ!?」
ナユタが速攻で現れた。
まるでヒーローのような存在である。
「いや、ここに向かってる最中だったからな。それよりなした? 急用って……って、どうしたんだよその子!?」
「風邪気味だったみたいで、さっき倒れた」
「いや、保健室に運べば良いじゃねぇか!」
「そんな事が僕にできるわけが無いだろう!」
「逆ギレんな! 良いから、さっさと運ぶぞ!」
そう言って、ナユタはあっさりと彼女を担ぎあげる。
俵でも担ぐかのように、肩に乗せて。
とてもヒーローとは思えない担ぎ方である。
「いや、ナユタ、その運び方はどうかと」
「うるせぇって! ほら、早く行くぞ!」
ナユタは彼女を担いで、そのまま屋上から去っていく。
僕も慌てて、その後を追う。
実に慌しい放課後だった。