第十一話〜大切な友人〜
「さて、早速だけどナユタに少々問い詰めたいことがあるというか、はっきり言ってしまえば思いっきり責めあげて精神崩壊の手助けをしたいところではあるけど、幼馴染のよしみで手心を加えてあげるから正直に答えるんだ。どうして、彼女にあんなことを言ったんだ?」
昼休み。
今日は晴れたために、やはり屋上にて僕とナユタは昼食を摂っていた。
そして弁当も食べ終わり、僕はナユタに向かってそう切り出した。
あんなこと、とはもちろん昨日の事であり、僕が女の子が傷つくのを未然に、秘密裏に防ぐ行為をしている事を話した事でもある。
「あ? なんだ、その様子だと仲直りしたみたいだな。感謝しろよ」
「君に嫌悪感を抱くことはあっても感謝する事はまず無いね。大体、どうして君はそう余計な事をするかな。僕と彼女は旧知の仲というわけでもないし、前にも言ったかもしれないが敵同士なんだ。それがちょっとしたきっかけで離別したというだけの話で、それを君が再び繋げようとする意図がわからない」
「……心配なんだよ、ナナの事」
唐突に、ナユタがシリアスな表情を浮かべる。
「お前さ、俺に告って来る女子の邪魔ばっかしてたから、女友達は極端に少ねぇ……っつーか皆無だったじゃねぇか。おまけに男友達もほとんど居ねぇだろ? まあ、お前が避けてるからしょうがねぇのかもしれねぇけど。そこにミナギって子が現れたんだ。そりゃ、お前らの関係は詳しくはねぇけど、それでも釈然としねぇ理由で、っつーか原因が俺でケンカしたんじゃ俺もすっきりしねぇだろ」
僕に負けず劣らずの長口上で、ナユタが言う。
僕と違うのは、そこに偽りが一切存在しないという事。
確かに僕は女子からこれでもかという程に嫌われているのは事実で、そりゃ一言二言会話してくれる女の子も中にはいるにはいるが、所詮クラスメイト止まりでしかなく、他人以上知り合い未満といった関係でしかない。男子に至っては、僕自身が交流を避けているため、めでたく僕は孤立した少年という立ち位置を獲得している。
その例外は、ナユタぐらいなもので、彼だけは僕が唯一心を許せる人間といっても過言ではない。そして、その例外に新たな人物が加えられつつある。
「……まあ、いいや。それともう一つ聞きたいけど、どうして彼女の友人の好きな人がナユタだってわかったのさ? 僕はそんな事一言も言ってないけど」
「考えりゃわかるだろ。お前に協力要請するっつーことは、お前に近しい人が想い人って事だろ? んでもって、お前の友達っつったら俺しか居ない。ここまで言えばわかるだろ?」
まあ確かに。
僕とナユタが友達だからこそ、彼女とハルナちゃんは僕に頼んできたのだ。実際、ナユタと友人であるのならば誰でも良かったのだろうが、たまたま白羽の矢を当てられたのが僕だった。そして僕にはナユタぐらいしか友達がいない。
その結果、おのずとハルナちゃんが好きな人というのは、ナユタに限られてくる。
「それにしても、さすがナユタ。どこまでも自分に自信を持ってるね。例え推測でそこまで導き出したとしても、普通彼女に諦めさせてくれ、なんて自意識過剰な事いえないよ。もし勘違いでしかなかったら恥ずかしすぎる。くそぅ、間違っていたら彼女に『はぁ?』とか可哀想なものを見るような目で見られるはずだったのに。真実って時に残酷だ」
「俺の考えにミステイクはありえねぇ」
言い切りやがった。
どこまでも自信たっぷりに言い切りやがった。
「君が自信過剰なところを改めて再認識したところで、最後の質問。どうして僕がしてる事まで彼女に話したの?」
僕がしてる事。
言うまでも無く、ナユタに近づく女の子を撃退、論破、妨害している事である。
そしてそれは、ナユタの凶悪な暴言によって女の子を傷つかせまいとやっている事だ。まあ、他人――特に告白に来た女の子――から見れば、それは嫌がらせ以外の何物でもないが。
僕が女子に嫌われている要因の一つでもある。
「なんとなく、だな」
自信たっぷりの男が、ここに来て曖昧な解答を紡いだ。
「なんとなく、って」
「その方が、ナナとミナギちゃんにとっていいような気がしたからな」
ニヤリと、爽やかな容姿にはとても似合わない笑みを浮かべながら、そう言った。
そのくせ、それでも美貌が崩れないから憎たらしい。
「ナナさ、結構気にいってんだろ、ミナギちゃんの事」
「何を言うっ! 大体、あんな初対面で辞書を投げつけてくるような女のどこに惚れる要素があるというんだ」
「可愛いじゃねぇか」
「ふんっ、僕は容姿なんかよりも中身を重視するタイプなんだ。心の目で見れば彼女の口元からちらりと見える八重歯は、人を食い殺すための牙だし、彼女の瞳は相手を凍りつかせる魔眼でしかないんだ。彼女の口から放たれる言葉は毒が付着したトゲが標準装備されているし、細くて白い手は辞書を投げるために特化されたものなんだ」
「どこの化け物だよ。それ」
「とにかくっ、二度とそんな妄言を吐かないで欲しいもんだね! ああもう、全く不愉快だ」
「はいはい。わぁったよ。お前がそう言うんなら、そうなんだろうさ」
少し呆れたように笑みを浮かべながら、ナユタはそう言った。
実に腹立たしい表情だ。
「それで、他に質問は?」
「……打ち止めってところだね。なんだかナユタにはぐらかされた感じもするけどまあ良いさ。とにかく理由がわかってすっきりしたよ。ありがとう」
「ああ、どういたしまして」
「勘違いしないで欲しいが、今の感謝の言葉は僕の質問に答えてくれた礼であって、決して彼女のご機嫌取りをした君に対しての言葉ではないからね」
「ナナって、あれだよな。ツンドラ?」
いつから僕は永久凍土になったのだろうか。
「……いや、ツンデレだっけ?」
「曖昧な記憶で言われると、無駄にツッコムところが多くなるから止めてもらいたいもんだね。というか、君もそういう用語を知っているところに驚きを隠せなかったりするんだけど、実は大きな声では言えないようなゲームをこっそり楽しんでいたりするのかい? だとしたら君のイメージにはそぐわないから止めておいた方が良い。どうせやるなら格ゲーやシューティングをお勧めするよ」
「お前、俺がゲーム下手なの知ってて言ってるだろ」
「もちろん。かの有名な赤い髭男のゲームでは初っ端の雑魚敵に突進していくぐらいだもんね。そしてそれを三連続繰り替えす人は、後にも先にも君しか知らないよ、僕は」
まあその伝説は幼い頃の話であって、現在は少しぐらいの成長を見せているかもしれない。
どちらにせよ、五十歩百歩だろうが。
「ま、俺のゲーム事情はどうだって良いんだよ。それより、ナナ。お前だ」
「僕? なんだい、僕がコツコツ攻略しているゲームの事を言っているのかい?」
ちなみにRPG。決してギャルゲーなどでは無い事を明記しておく。
「違ぇよ。現実はゲームみたいに甘くねぇんだから、新しく出来た女の子の友達を大切にしろよ? ……居なくなってからじゃ遅いんだからよ」
「……セーブ&ロードも、リセットも、現実世界では出来ないからね。肝に銘じておくことにするよ」
もし。
この現実がゲームのように、やり直しが利く世界だとしたら。
ナユタとサナエが、未だ恋人同士で、僕は相変わらずそんな二人を見ながら言葉を紡ぐという、素晴らしい世界に辿り着くことも出来たのかも知れない。
――バカらしい。
不意に浮かんだ妄想を、頭を振って思考の彼方へと追いやる。
そんな事を考える前に、する事があるだろうに。
「……ありがと」
「一日に二度、お前から感謝されるってのは気味が悪ぃな。不吉の前兆か?」
「君、人がせっかく滅多に言う事の無い感謝の言葉を述べているのに、その感想はどうかと思うよ?」
僕らは笑いあう。
やはりナユタは大切な友人であることを、再認識した。いや、もう、認識する必要の無いくらい、ナユタの存在は僕の中で巨大な存在であるのかもしれない。
僕達は始業の鐘が鳴るまで、屋上でいつものようにくだらない会話を続けた。