第一話〜凶悪な彼女〜
放課後。
僕はいつものように屋上にいた。何をするわけでも無く、何を待つわけでも無く、ただただ時間の経過をぼんやりと待ち、気が向いた頃に帰るという、恐らく常人には理解出来ないであろう僕の日課は、今日も例外では無かった。
僕が流れる雲をぼんやりと眺めていると、滅多に人が来ないはずの屋上に来客がやってきた。
女子だった。
辺りをキョロキョロと眺め、僕の姿を見つけると顔を綻ばせるが直ぐに無表情に戻る。まるで人違いをしたかのような仕草だ。
不意に爽やかな風が吹き抜けると同時に、眼前にいる彼女のスカートが捲れ上がる。それを慌てて抑えながら、彼女は実に厳しい視線で、僕を睨みつけてきた。
「見た?」
「味気ない白」
僕は素直な感想を彼女に述べると、眉を吊り上げて僕を睨む。
素直に答えたのに、なぜ睨まれなければならないのか。
「……最低」
しかも最低扱いされてしまった。
「言わせて貰うけど、スカートが舞い上がって下着が露わになったのは、気紛れな風のせいだし、そうなったら健全な男子である僕が視線をそこに向けるのは自然な事だと思うんだ。だからそんな変質者を見るような目で僕を睨むのは筋違いというか、単なる責任転嫁でしかないと思うんだけどそこのところどうだろう。……ところでどうして君はカバンの中から分厚い辞書を取り出してるのかな? 僕が言った言葉に未知なものが含まれていたかな? というか辞書というのは読み物であって投げるものでは無いからピッチャーの如く振りかぶる必要は無いと思うんだっていうか止めて当たりどころ悪かったら死んじゃうってそれ!」
抗議の言葉も虚しく、彼女の手から程良く加速度を増した辞書が僕に向けて放たれる。
辞書は僕の耳を掠めながら背後へと飛んでいく。直撃という大惨事は彼女のコントロールミスによって、免れたようである。
もしかすると、彼女に手心を加えられただけなのかも知れない。
「ちっ」
舌打ちしたところを見ると、手心など一切無く、本気で僕を狙ったらしい。背中から嫌な汗が流れる。
「……あの、少々落ち着いたら如何でしょうか?」
かなり本気で生命の危機を感じる僕は、なんとか彼女をなだめようと試みる。
「見ず知らずの男にパンツ見られて冷静になれると思う?」
貞操観念が低くなってきたと噂される現代において、彼女にとってパンツを見られたという出来事は大事件らしい。
貞操観念が強い子なのか、それともただ恥ずかしがっているだけなのか。
「だからといっていきなり殺傷力の高そうな辞書を投擲するのはどうかと思うけど」
「自己防衛よ」
「過剰防衛の間違いでは……はいすいませんごめんなさい」
新たに英和辞書を取り出した彼女に、僕は平謝りするしかなかった。
というかなぜ質量の多い書物ばかりを選ぶのだ、彼女は。
「……あー、もう! 今日は最悪! パンツ見られるし、あの人はまだ来ないし!」
はて、あの人とは誰だろうか。だがまあ僕には一切関係の無い話である事には違いない。下手に尋ねて彼女の機嫌を損ね、辞書を取り出されたくはない。
「まあ、犬に噛まれたと思って」
「あんたが言うな」
ごもっとも。
不機嫌さを隠そうともしない彼女のお陰で、なんとも居心地が悪くなってしまった。気のせいか、彼女の目が
「さっさと消えろ」と言っているように感じる。
無言の圧力は徐々に強まり、さして目的があったわけでも無い僕は逃げるように屋上を後にした。
まあ、要するにこれが、彼女との出会いだったわけだ。